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A Dog of Flanders 13 フランダースの犬


Ouida ウィーダ
AOZORA BUNKO 青空文庫
 白く雪の積もった、冷え切った大地の上に夜が明けました。この日は、クリスマス・イブの朝でした。
震えながら、ネロはたった一人の友人を抱きしめました。熱い涙がぽたぽたとパトラッシュの広い額にこぼれ落ちました。
「行こう、パトラッシュ、とても大好きなパトラッシュ。追い出されるまで待つことはないよ。行こう」 彼はこうつぶやきました。
 パトラッシュはネロのいうことなら何でも従いました。そして、二人は悲しげに一緒に並んで、小さな家を出て行きました。二人にとってはとても大事だった場所です。どんな粗末な、こまごまとしたものでも、二人にはとても大切で、思い出深いものでした。
パトラッシュは、緑の車のそばを通るとき、弱々しく頭をたれました。それはもはやパトラッシュのものではありませんでした。家賃の代わりに、ほかのものと一緒に置いていかなければならなかったのです。真ちゅうでできた引き具が空しく地面に置かれ、雪の上で輝いていました。
パトラッシュは、荷車のそばに倒れて、そのまま死んでしまいたいと思いましたが、少年が生きてパトラッシュを必要とする間は、弱音を吐いて降参する訳にはいきませんでした。
 二人は通い慣れたアントワープへの道を歩きました。
やっと夜が明けたばかりの時間でした。ほとんどの家の雨戸はまだ閉められましたが、いくつかの家ではもう起きていました。
犬と少年が前を通っても、誰も気にかけようとはしませんでした。
ある一軒の家の扉の前でネロは立ち止まり、懐かしそうに中を見ました。ネロのおじいさんがその家の人たちに、となり近所のよしみで、いろいろと親切にしてあげたことがあったのです。
「パトラッシュにパンの皮をやってくれませんか? パトラッシュは年寄りです。それに、昨日の朝から何も食べてないんです」おどおどとネロは言いました。
 その家のおかみさんは、「この時期はライ麦や小麦もなかなか高くてねえ」、と何かはっきりしないことをつぶやきながら、急いで扉を閉めました。
 少年と犬は、再び弱々しく歩きはじめました。二人は、もうこれ以上何も食べ物を求めたりはしませんでした。
 さんざん苦労しながらゆっくりと歩き続け、二人はアントワープに到着しました。鐘が十時の時を告げていました。
「ぼくが何か持ってたら、それを売って、パトラッシュのためにパンを買ってやれるのに」と、ネロは思いました。しかし、ネロはリネンのシャツとサージの服を着て、木靴を履いている以外、何も持っていませんでした。
 パトラッシュはそうしたネロの気持ちを理解しました。そして、自分のために悩んだり心配したりしないで欲しいと願うかのように、鼻を少年の手にすり寄せました。
 絵のコンクールの優勝者は、正午に発表されることになっていました。ネロは苦心して描いた大事な絵を提出した公会堂に向かって歩きました。
 階段や入口の広間に大勢の若者がいました。みんなネロと同じくらいか、少し年をとっていました。皆、両親や親戚や友だちと一緒でした。
 パトラッシュを近くに引き寄せて彼らの中に入っていったとき、ネロは不安でどきどきしました。
町の大きな鐘が、騒々しく正午を告げました。
内側のホールのドアが開けられました。熱気に溢れかえっている若者たちの群れが、一斉にホールの中に駆け込みました。選ばれた絵は、他の絵よりも一段と高い、木の壇の上に置かれることになっていました。
 ネロは、目の前に霧がかかったようにぼんやりとしました。頭はぐらぐらし、足はがたがたとふるえて、じっと立っていられないくらいでした。
 視力が回復したとき、ネロは高くかかげられた絵を見ました。それは、ネロのものではありませんでした! 
ゆっくりした、朗々と響く声は、優勝者はアントワープ市で生まれた、波止場主の息子、スティーブン・キースリンガーである、と宣言していました。
 気が付くと、ネロは外の石畳の上に倒れていました。そばにパトラッシュがいて、考えつくあらゆる方法でネロの息をふきかえさせようと、懸命になっていたところでした。
遠くでアントワープの青年男女の群れは、成功した友だちの回りでわあわあと叫んでいます。そして、歓喜の声をあげながら、波止場の彼の家まで送っていきました。
 ネロは、よろめきながら立ち上がり、パトラッシュを抱きました。
「ねえ、パトラッシュ、何もかももうおしまいだ。もうおしまいなんだよ」 ネロは、つぶやきました。
 ネロは、何も食べていなくて体は弱っていましたが、できるだけ元気を出して、村に引き返しました。
パトラッシュは、飢えと悲しみで頭を垂れ、年取った手足がふらつくのを感じながら、ネロのそばをとぼとぼと歩いていました。
 雪がはげしく降っていました。北から激しい嵐がやってきました。平野は、死んだようにひどく冷え切っていました。
通いなれた道なのに、とても時間がかかりました。そして、村に帰りついたときには、四時を告げる鐘の音が鳴っていました。
突然、パトラッシュは雪の中にある、何かのにおいに気がついて立ち止まりました。そして、しきりに雪をかきわけて、クンクン鳴いたかと思うと、小さな茶色の革袋を口にくわえました。
パトラッシュは、暗闇の中でネロにそれを差し出しました。
二人がいたところには、小さなキリストの像があって、十字架の下でランプが鈍く燃えていました。少年は、機械的に革袋を光の方に向けました。革袋には、コゼツのだんなの名前が書いてあって、中には、二千フランもの紙幣が入っていました。
 これを眺め、少年のぼうっとしていた頭は、少しはっきりしました。
ネロは、革袋をシャツにもぐりこませてパトラッシュをやさしくなでると、前にどんどん歩き始めました。
パトラッシュは、物問いたげにネロの顔を見上げました。
 ネロは、風車小屋に向かってまっすぐ進み、ドアのところに行って、扉をノックしました。
 
Copyright (C) Ouida, Kojiro Araki
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