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The Old Man and the Sea 02 老人と海


Ernest Miller Hemingway アーネスト・ヘミングウェイ
AOZORA BUNKO 青空文庫
「お前がもし俺の子なら、連れて行って、いちかばちか勝負するんだがな」彼は言った。「でもお前は、お前の親父とお袋の子だ。しかもついてる船に乗ってる」
「イワシを獲って来てもいい? 餌にする魚も、四匹は用意できるよ」
「今日の残りがあるさ。塩をかけて箱にしまってある」
「新しいのを四匹持って来るよ」
「一匹だ」老人は言った。彼には希望と自信がある。それは今、新しい風のように彼の中で強くなりつつあった。
「二匹だよ」少年は言った。
「二匹か」老人はうなずいた。「盗んだものじゃないだろうな?」
「盗むことだってできたけど」少年は言った。「買ったんだよ」
「悪いな」老人は言った。彼は単純だったから、自分がいつからこれほど低姿勢な人間になったのかなどとは考えなかった。
自分が低姿勢になったと自覚してはいたけれど、それが不名誉なことでも真の誇りを損なうものでもないということも分かっていた。
「この調子だと、明日はいい天気になりそうだ」彼は言った。
「どこまで行くの?」少年が尋ねた。
「ずっと遠くまでだ。風が変わったら戻る。明るくなる前に沖に出られるといいんだが」
「僕も親方に、沖まで出るように頼んでみるよ」少年は言った。「そうすれば、サンチャゴがすごい大物を引っかけた時、みんなで手助けに行けるからね」
「あいつは遠出したがらないだろう」
「そうなんだよ」少年は言った。「でも、親方には見えないものを僕が見つけられるからね、鳥が獲物を探してるところとか。それでシイラの後を追っかけさせて、遠出させてやるんだ」
「あいつの眼はそんなに悪いのか?」
「ほとんど見えてないよ」
「妙だな」老人は言った。「あいつは海亀獲りは一度もやらなかったんだ。あれをやると眼に悪いんだが」
「でも、サンチャゴはモスキート海岸で何年も海亀獲りをやってたのに、すごく眼がいいじゃないか」
「俺はおかしな年寄りだからな」
「大丈夫だ。やり方は色々とある」
「道具を片付けようか」少年は言った。「それから、投網を持ってイワシを獲りに行くよ」
 二人は船から道具を取り出した。
老人はマストを肩にかつぎ、少年は木箱と手鉤と柄つきの銛を運んだ。木箱には、撚りの強い茶色のロープが渦になって収まっていた。
餌にする魚を入れた箱は、棍棒と一緒に船尾のほうに残しておいた。棍棒は、大きな魚を船べりまで引き寄せた時、魚が暴れるのを鎮めるために使うものだ。
 老人から何か盗もうとする者などいないだろうけれど、帆や重いロープには夜露はよくないから、持ち帰ったほうが良い。老人も、この辺の人間が自分の物を盗むことなどないと信じてはいたが、手鉤や銛を船に残しておくと人の出来心を不必要に誘いかねないとも思っていた。
 二人は、老人の棲家である粗末な小屋まで一緒に歩き、開け放してある入り口から中へ入った。
老人は、帆を巻きつけたマストを壁に立てかけ、少年はそのそばに木箱や他の道具を置いた。
マストは、小屋に一つしかない部屋の、奥行きと同じくらい長かった。
小屋は、グアノと呼ばれるダイオウヤシの、若芽を包む硬い苞でできていた。中には、ベッド、テーブル、椅子が一脚あり、土間には炭を使って炊事が出来る場所もある。
丈夫な繊維からなるグアノの葉を伸ばして重ねて作られた褐色の壁には、多色刷りの絵画が二枚掛けられていた。『イエスの聖心』、そして『コブレの聖母マリア』。
どちらも妻の形見だった。
かつては、色あせた妻の写真もその壁に飾られていたが、見るたびに老人はあまりにも淋しい気持ちになったので、取り外してしまった。今ではその写真は、部屋の隅にある棚の、洗濯したシャツの下にしまってある。
「何を食べるの?」少年が尋ねた。
「魚の混ぜ飯がある。食べるか?」
「僕は家で食べるよ。火を起こそうか?」
「いや、後で自分で起こそう。冷たいままで食べてもいい」
「投網は持って行っていい?」
「ああ」
 網など無かった。網を売ってしまった時のことは、少年も覚えている。
しかし二人はこの虚構を毎日繰り返していた。
魚を混ぜた飯も無い。少年はそれも知っている。
「八五ってのは、良い数字だ」老人は言った。
「バラして千ポンドにもなるような、大物を釣ってくるのを見たいだろう?」
「僕、投網を持って行って、イワシを取ってくるよ。戸口の、日の当たる所で座っててくれる?」
 
Copyright (C) Ernest Miller Hemingway, Kyo Ishinami
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