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The Old Man and the Sea 03 老人と海


Ernest Miller Hemingway アーネスト・ヘミングウェイ
AOZORA BUNKO 青空文庫
「ああ。昨日の新聞があるから、野球の記事でも読んでいよう」
昨日の新聞というのも作り話なのかどうか、少年には分からなかった。
しかし老人はベッドの下から新聞を取り出した。
「酒屋でペリコがくれたんだ」老人はそう説明した。
「イワシが獲れたら戻ってくるよ。
サンチャゴの分と自分の分と一緒に、氷に乗せておく。明日の朝に分けよう。
戻ってきたら、野球の話を聞かせてよ」
「勝つのはヤンキースだろう」
「でもクリーブランド・インディアンスが怖いな」
「お前、ヤンキースを信じるんだよ。大ディマジオがいるじゃないか」
「デトロイト・タイガースも、クリーブランド・インディアンスも強いからなあ」
「しっかりしろよ、その調子だとシンシナティ・レッズとかシカゴ・ホワイトソックスまで怖くなるぞ」
「とにかくその辺を読んでおいてよ、戻ってきたら聞くからね」
「下二ケタが八五のくじを買っておくというのはどうだ。明日は八五日目だからな」
「いいね」少年は言った。「でも、八七のほうがいいんじゃない? サンチャゴのすごい記録じゃないか」
「あんなことは二度と起きないだろう。八五のくじを探せるか?」
「買えるよ」
「一枚な。二ドル半か。借りる当てがあるか?」
「簡単だよ。二ドル半くらい、いつでも借りられる」
「俺だって借りられないことはないんだがな。しかしやめておこう。最初は借りてるつもりでも、気付けば物乞いだ」
「暖かくしててね」少年は言った。「もう九月なんだから」
「でかい魚が来る月だ」老人は言った。「五月なら、漁師の真似事くらい誰でもできるがな」
「じゃあ、イワシを獲りに行くよ」少年は言った。
 少年が戻ってきたとき、老人は、椅子に座ったまま眠っていた。既に日は沈んでいる。
少年は、ベッドから古い軍用毛布をはがし、拡げて椅子の後ろから老人の肩までを包んだ。
奇妙な肩だった。老いてはいるが、それでも力強い。首も頑丈だし、眠り込んで頭を前に倒しているので皺もほとんど見えない。
彼のシャツは、帆と同様に継ぎはぎだらけで、ところどころ日に焼けて色あせていた。
顔はやはりずいぶん老いていて、目を閉じていると生気が感じられない。
膝の上には新聞が乗り、夕暮れ時の風にかすかに揺れる紙の束を、腕の重みが押さえていた。
彼は裸足だった。
 少年は老人をそのままにして部屋から出た。戻ってきたとき、老人はまだ眠っていた。
「起きてよ、サンチャゴ」少年は言って、老人の片膝に手を置いた。
 老人は眼を開いた。少し時間をかけて、遠い道のりを帰ってくるかのようだった。それから彼は微笑んだ。
「何を持ってきた?」老人は尋ねた。
「夕飯だよ」少年は言った。「一緒に食べよう」
「あまり腹が減ってない」
「食べようよ。食べずに漁はできないだろう?」
「やったさ」老人は言いながら体を起こして、新聞を手にとって折りたたんだ。それから毛布をたたみ始めた。
「毛布はかけておきなよ」少年は言った。「僕が生きている間は、食べずに漁なんてさせない」
「じゃあ長生きしてくれよ、体に気をつけてな」老人は言った。「何を食うんだ?」
「黒豆ご飯と、揚げバナナと、シチューがある」
 少年は、それを二段の金属容器に入れてテラスから持ってきた。
ナイフとフォークとスプーンも二揃い、それぞれペーパーナプキンで包んで、ポケットに入っていた。
「誰にもらったんだ?」
「店の親父のマーティンだよ」
「礼を言わないといけないな」
「十分言っておいたよ」少年は言った。「サンチャゴは言わなくても大丈夫」
「でかい魚の、腹の肉をやろう」老人は言った。「こんなことは初めてじゃないんだろ?」
「そうかもね」
「腹の肉だけじゃ足りないな。ずいぶん世話になってるから」
「ビールも二本くれたよ」
「缶ビールだと最高だな」
「うん。でも瓶のアトウェイビールなんだ。瓶を返すのは僕がやるよ」
 
Copyright (C) Ernest Miller Hemingway, Kyo Ishinami
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