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The Old Man and the Sea 04 老人と海


Ernest Miller Hemingway アーネスト・ヘミングウェイ
AOZORA BUNKO 青空文庫
「悪いな」老人は言った。「食ったほうがいいか?」
「そう言ってるじゃないか」少年は優しく答えた。「サンチャゴの用意ができてから蓋を開けたかったんだ」
「用意はできてる」老人は言った。「ちょっと手を洗う時間が必要だっただけだ」
 どこで洗うんだろう。少年は思った。
村の水道は、二つ下の通りまでしか来ていない。
水を汲んで来てあげなくちゃいけないな、それに、石鹸ときれいなタオルも。
どうして僕はこう気が利かないんだろう。シャツももう一枚要るし、冬用のジャケットも、靴も要る。毛布ももう一枚必要だ。
「このシチューは素晴らしいな」老人は言った。
「野球の話をしてよ」少年は頼んだ。
アメリカンリーグなら、やっぱりヤンキースだ」老人は嬉しそうに言った。
「問題ない。大ディマジオが調子を取り戻すだろう」
「他の選手も強いしね」
「もちろんだ。だがディマジオは別格だな。ナショナルリーグなら、ブルックリンかフィラデルフィアだが、まあブルックリンを取るほかない。
しかしディック・シスラーの、あの球場でのものすごい打球を思い出すと、フィラデルフィアも捨てがたいぞ」
「あんなバッターは他にいないね。あんなに遠くまで飛ばす人は見たことないよ」
「あいつがテラスによく来てた頃を覚えてるか? 
俺は漁に誘いたかったんだが、とうとう勇気が出なかった。それでお前に誘わせようとしたけど、お前もやっぱり勇気が無かったんだ」
「うん、あれは失敗だったよ。一緒に来てくれたかもしれないのに。そしたら一生の思い出になったのにね」
「俺は大ディマジオを漁に連れて行きたいんだ」老人は言った。「あいつの親父は漁師だったらしいじゃないか。きっと俺たちみたいに貧乏だったんだろうから、話も分かるだろう」
「大シスラーの親父は貧乏じゃなかったね。あの親父さんは、僕くらいの頃にはもう大リーグでプレーしてたんだよ」
「俺がお前くらいの頃には、アフリカに通う横帆式の船で水夫をやってたな。夕暮れ時には、砂浜にライオンが何匹もいるのが見えたものだ」
「うん、そう言ってたよね」
「アフリカの話がいいか、野球の話がいいか」
「野球がいいな」少年は言った。「ジョン・J・マグローのことを話してよ」少年はJをスペイン語式にホタと発音した。
「あいつも昔は、テラスに時々来てたな。
でも飲んでると荒っぽくて口が悪くて、手に負えない奴だった。
野球と同じくらい馬が大好きでな、
何は無くともポケットには必ず馬のリストが入ってるんだ。しょっちゅう電話で馬の名前を言ってたよ」
「すごい監督だったんだよね」少年は言った。「一番すごい監督はマグローだって、親父が言ってた」
「そりゃ、奴が一番ここに来てたからだ」老人は言った。「ドローチャーが毎年ここに来てれば、親父さんはドローチャーが一番だって言うだろうよ」
「本当は、誰が一番なの? ルケ? それとも、マイク・ゴンザレス?」
「二人とも同じくらいだな」
「一番の漁師はサンチャゴだね」
「いや。もっと腕のいい奴は何人もいる」
「ケ・ヴァ(※とんでもない)」少年は言った。「そりゃ、なかなかの漁師はいっぱいいるし、すごい漁師もいるけど、一番はサンチャゴしかいないよ」
「ありがとう。嬉しいことを言ってくれるな。その褒め言葉をひっくり返すような、すごい魚が現れないことを祈ろう」
「そんな魚はいないよ。サンチャゴは今でも強い。そうだろう?」
「俺は自分で考えるほど強くないかもしれない」老人は言った。「だがやり方は色々あるし、それに、覚悟がある」
「サンチャゴ、明日元気に起きるには、もう寝たほうがいいね。僕、テラスに色々返してくるよ」
「じゃあ、おやすみ。朝になったら起こしに行く」
「サンチャゴは僕の目覚まし時計だよ」少年は言った。
「寄る年波が俺の目覚ましだ」老人は言った。「どうして年寄りは早起きなんだろうな。一日を長くするためか」
「分からないなあ」少年は言った。「分かるのは、子供は朝寝坊でなかなか起きないってことだね」
「俺もそうだった」老人は言った。「ちゃんと時間に起こしてやるよ」
「僕、親方に起こされるのは嫌なんだ。自分が格下みたいだからね」
「大丈夫」
「じゃあおやすみ、サンチャゴ」
 
Copyright (C) Ernest Miller Hemingway, Kyo Ishinami
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