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The Old Man and the Sea 05 老人と海
Ernest Miller Hemingway アーネスト・ヘミングウェイ
AOZORA BUNKO 青空文庫
二人は、灯りのないテーブルで食事をしたのだった。老人はズボンを脱ぎ、暗闇の中でベッドに近づいた。
新聞をズボンで巻いて枕にする。毛布にくるまって、ベッドのスプリングを覆った古新聞の上に、彼は横になった。
老人はすぐに眠りに落ち、アフリカの夢を見た。彼はまだ少年だった。広がる金色の砂浜、白く輝く砂浜。目を傷めそうなほど白い。高々とそびえる岬、巨大な褐色の山々。
最近の彼は毎晩、この海岸で時を過ごすのだった。彼は夢の中で、打ち寄せる波の音に耳を傾け、その波をかき分けて進む先住民たちの舟を眺めていた。
眠っていても、甲板からタールやマイハダの匂いが漂い、朝になれば陸風がアフリカの香りを運んでくるのだ。
いつもなら、陸風の香りで目を覚まし、着替えて少年を起こしに出かける。
しかし、今夜は陸風が匂うのが早すぎた。夢の中でもそれが早すぎると分かったから、老人は、夢を見続けることにした。海に屹立する島々の白い頂を眺め、カナリア諸島のいくつもの港や停泊地を通り過ぎていく。
もはや老人の夢には、嵐も女も大事件も出てこない。大きな魚も、喧嘩も、力比べも、死んだ妻も出てこない。
今の彼が夢に見るのは、色々な土地と、砂浜のライオンだけだ。
夕暮れの中で、ライオンたちは子猫のようにじゃれあっている。老人は、少年を愛するのと同じくらい、ライオンたちを愛した。
老人はふと目を覚ました。開いたままの戸口から、月を見る。それから丸まったズボンを広げて、足を通した。
老人は小屋の外で小便をしてから、少年を起こすために坂道をのぼっていった。
しかし、震えているうちに温かくなってくることは分かっていたし、いずれにせよ、すぐに船を漕ぐのである。
少年の家には鍵がかかっていなかった。老人は戸を開けて、裸足で静かに入っていった。
少年は、入ってすぐの所にある粗末なベッドで寝ていた。沈みかけた月の光が差し込み、老人には少年の姿がはっきり見えた。
老人は、少年の足をやさしくつかんだ。少年は目を覚まし、老人のほうを見た。
老人はうなずいた。少年は、ベッドのそばの椅子からズボンを取り、ベッドに腰掛けてそれを履いた。
老人が戸口から外に出る。少年はまだ眠そうに後についていく。
「ケ・ヴァ」少年は言った。「大人にとっては仕事のうちだよ」
二人は老人の小屋へと道を下っていった。まだ暗い道には、裸足の男たちがそれぞれの船のマストをかついで歩いていた。
老人の小屋に着くと、少年は、ロープを入れた籠と、銛と手鉤を手に持った。老人は、帆を巻きつけたマストを肩にかついだ。
二人は、朝の漁師が集まる店で、コンデンスミルク缶に注がれたコーヒーを飲んだ。
「よく眠れた?」少年は尋ねた。少年自身は、まだ完全に眠気が消えたとは言えないが、ずいぶん目が覚めてきていた。
「ぐっすり寝たよ、マノーリン」老人は答えた。「今日は自信がある」
「僕もだよ」少年は言った。「さあ、イワシを獲ってこなくちゃ、サンチャゴのも僕のも。あとサンチャゴの使う新しい餌もね。うちの船では、道具はみんな親方が自分で運ぶんだ。人に運ばせるのを嫌がるんだよ」
「俺たちは違うな」老人は言った。「お前が五歳の頃から色々と運ばせてた」
「そうだね」少年は答えた。「すぐ戻ってくるから、もう一杯飲んでて。ここはツケがきくからね」
少年は裸足でサンゴ岩を踏み、餌が冷蔵してある氷室へと歩いて行った。
彼の今日一日の食事はこれで全てだ。だから飲まなければいけない。
ずいぶん前から、食べるというのは彼にとって面倒なことになっていた。弁当を持っていくことはなかった。
船の舳先に、水を入れた瓶を一本置いておけば、一日それだけで十分だった。
少年は、イワシを携えて戻ってきた。餌にする小魚二匹も、新聞紙にくるんで持っている。二人は、小石混じりの砂を足の裏に感じながら、船のところへ下りて行った。そして船を持ち上げ、水上へと滑らせた。
Copyright (C) Ernest Miller Hemingway, Kyo Ishinami