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The Old Man and the Sea 06 老人と海
Ernest Miller Hemingway アーネスト・ヘミングウェイ
AOZORA BUNKO 青空文庫
オールに結ばれた縄の輪っかを、船体から突き出た小さな杭に通してから、彼は上体を前に倒す。両方のオールで水を浜辺側に押し出し、暗い港から海へと漕ぎ出した。
他の砂浜からも、いくつもの船が漕ぎ出していた。月は山の向こうに沈んでしまったから、船の様子は見えなかったけれど、彼らのオールが水に入る音、水をかく音は、老人の耳にしっかりと届いていた。
時々、どこかの船から話し声がすることもあったが、ほとんどの船は静かで、ただオールの音だけが聞こえてきた。
港の出口を越えると、船たちはばらばらに拡がっていった。それぞれが魚の居場所にあたりをつけて大海へ向かうのだ。
老人は遠くまで行くつもりだった。彼は陸の匂いを後にして、朝の海の清々しい匂いの中を漕いで行った。
水の中で、ホンダワラとおぼしき海藻が燐光を放っているのが見えた。深さが突然七〇〇尋にもなっているこの辺りを、漁師たちは「大井戸」と呼ぶ。海底の急斜面に海流がぶつかって渦を作り、あらゆる種類の魚が集まる場所だった。
小エビや小魚、時には深い穴の中にヤリイカの群れがいることもある。それらが夜になって海面近くまで上がってくると、泳ぎ回る魚たちの格好の餌になるのだ。
暗闇の中で、老人は夜明けが近いのを感じた。漕ぎながら聞こえてくるのは、海面から跳ね出るトビウオが身を震わせる音や、闇の中を飛び去る彼らがその硬く頑丈な翼で風を切る音だった。
老人はトビウオを愛した。海の上ではトビウオが一番の友だったからだ。
そして彼は鳥を哀れんだ。特に、小さくてか弱い、黒いアジサシ。いつでも飛び回って餌を探しているのに、ほとんど何も見つけられない。 老人は考える。鳥の一生は、俺たちの人生より苦しい。泥棒鳥とか、でかくて強い鳥は別だが。
なぜウミツバメみたいな、弱くて繊細な鳥がつくられたんだろう、この残酷な海に。いや、海は、優しくて美しい。
でも残酷だ。突然残酷になるんだ。悲しげに小さな声で鳴きながら飛び回り、急降下して餌を取ろうとするあの鳥たちは、この海で生きるにはあまりに弱い。
彼にとって海は「ラ・マール」であった。海を愛する人々は、海のことをスペイン語の女性形でそう呼ぶ。
時に海を悪く言う場合でも、彼らにとって海は女性なのだった。
若い漁師の中には、ロープに繋ぐ浮きとしてブイを使ったり、サメの肝臓で儲けた金でモーターボートを買ったりする者がいて、そういう者は海を「エル・マール」と男性形で呼んでいた。
そういう若者にとって、海はライバルであったり単なる場所であったり、場合によっては敵でさえあった。
しかし老人にとって海はいつも女性であり、大きな恵みをくれたりくれなかったりするものだった。野蛮なことや危険なこともするが、それは彼女自身どうにも止められないことだ。
女性に月が影響するのと同じで、海にも月が影響する。老人はそう考えていた。
老人は弛みなく漕いだ。自分のペースを保っている分には、それほど力を込める必要もない。時に潮の流れが渦巻いているのを除けば、海面は静かだった。
老人は船を動かす仕事の三分の一を流れに任せた。明るくなり始めた頃には、予定よりずっと遠くまで来ていた。
今日はカツオやビンナガマグロの群れがいる辺りを狙ってやろう、その群れの中にでかい奴がいるかもしれん。彼はそう考えていた。
夜が明けきる前に老人は仕掛けを下ろし、船の動きを流れに預けた。
二つ目は七五尋、三つ目と四つ目はさらに海中深く、一〇〇尋と一二五尋までロープが届いている。
それぞれのロープの先では、餌となる小魚が頭を下にして鉤の軸に体を貫かれ、きつく縫い刺しにされていた。鉤の先の、小魚の体から突き出た部分は、曲がっている部分も先っぽも、新鮮なイワシで覆われていた。
イワシたちは眼を串刺しにされ、突き出た鋼鉄の棒の先に咲いた半円形の花びらのようだった。
大きな魚がどこから近づいても、すばらしい匂いと味を感じられるはずだ。
少年がくれた新鮮な餌は、小さなマグロ二匹だった。ビンナガというやつだ。その二匹は、深いほうの二本の仕掛けにおもりのように吊り下げられていた。別の二本には、大きなヒラアジとコガネアジが付いている。こちらは昨日も使った餌だが、まだ十分使える状態だ。そこに、匂いで獲物を惹きつけるための新鮮なイワシも一緒に付けてあるのだった。
四本のロープはどれも太めの鉛筆ほどの直径で、切ったばかりの生木の枝に結ばれていた。魚が餌に触れたり餌を引っ張ったりすれば、枝がたわんで合図となる仕組みだ。どのロープにも、四〇尋のロープを二本ずつ、控えとして付けてある。控えのロープ同士は繋げられるようになっているので、いざという時には、三〇〇尋以上の一本のロープにして魚に対応できるのだった。
老人は今、船べりを超えて突き出た三本の枝を見つめている。ロープを垂直な状態にして、仕掛けの深さが変わらないように、ゆっくりと漕いだ。
海から、うっすらと太陽が昇り始める。海流の向こう側、ずっと岸寄りのほうには、他の船たちが海面を這うように散らばっているのが見えた。
太陽が輝き、海面をぎらぎらと照らすと、その光は平らな海に反射して、老人の眼を鋭く突き刺す。太陽はもうすっかり姿を見せている。老人は顔を背けて漕いだ。
そして水を覗き込み、暗い海の中へとまっすぐに垂れたロープを見つめた。
彼は水中のロープを垂直に保っておくのが誰より上手かった。この技術によって老人は、全ての餌を望み通りの深さに正確に配置し、そこを泳ぐ魚を狙うことができるのだった。
他の漁師たちは餌が流れに漂うことを気にしないから、一〇〇尋の深さを狙っているつもりが実際の餌は六〇尋の位置にあったりする。
だが俺の腕は確かだ、と老人は考えた。ただ運に見放されてるだけだ。
いや、そうとも限らん、今日はきっといける。毎日が、新しい一日だ。
運はあったほうがいいが、運任せでは駄目だ。そういう気持ちでいれば、運がめぐってきた時に慌てることもない。
日の出から二時間が経った。東のほうを見ても、眼はさほど痛まない。
視界に入る船は三つだけだった。どれも遠く岸寄りにいて、海面に貼り付いて見える。
俺の眼は、明け方の太陽にずっと痛めつけられてきた。だが今でもこの眼はよく見える。
夕方になれば、太陽を直視しても眼がくらむことはない。夕方のほうが光は強いくらいだがな。それにしても、朝の光というのはきついものだ。
ちょうどその時、前方の空に、黒く長い翼を持つ軍艦鳥が旋回するのが見えた。
軍艦鳥は、翼を後ろにそらせて、斜めに急降下した。そしてまた旋回を始めた。
「何か見つけやがったな」老人は声に出して言った。「ただ探してる時の飛び方じゃない」
Copyright (C) Ernest Miller Hemingway, Kyo Ishinami