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The Old Man and the Sea 22 老人と海


Ernest Miller Hemingway アーネスト・ヘミングウェイ
AOZORA BUNKO 青空文庫
「奴がまた遠ざかり始めたら、休むんだ」彼は言った。「気分はずいぶん良くなった。あと二周か三周したら、こちらの勝ちだ」
 老人の麦わら帽子は、頭の後ろのほうへずり落ちていた。魚がまた方向を変え、ロープの引きが変わると、彼は舳先に座り込んでしまった。
 魚よ、せいぜい頑張りな。彼は思った。また近づいてきた時に仕留めてやる。
 ずいぶん波が立ってきた。しかし、この晴天の風は、陸に帰るために無くてはならない風だった。
「針路を南西に取ればいいんだ」彼は言った。「海では迷子になんかならないからな。長い島のどこかに帰れればいい」
 三周目に入った時、彼は初めて魚の姿を目にした。
 暗い影として姿を現した魚は、信じられないほどの長い時間をかけて、船の下を通り過ぎた。
「まさか」彼は言った。「そんなに大きいはずはない」
 しかし、魚は大きかった。三周目の円を描き終わった時、魚は、船から三十ヤードしか離れていないあたりで海面近くまで浮かんできた。老人には、その尾ひれが水から出ているのが見えた。
それは後ろに傾斜した形で、大鎌の刃よりも高くそびえ、暗い青色の海の上で薄紫に輝いていた。
魚が水面すれすれを泳いだので、老人はその巨大な胴体と、紫色の縞模様とを確認することができた。
背びれは畳まれ、大きな胸びれは左右に広げられていた。
 今回の周回で、老人は初めて魚の目を見た。そばには二匹の灰色のコバンザメがまとわりついている。
時には吸いつく。時には離れる。時には、大魚の影に隠れて悠々と泳ぐ。
コバンザメはどちらも三フィートくらいの大きさで、速く泳ぐ時にはウナギのように全身をしならせていた。
 老人は汗をかいていた。太陽の暑さだけが理由ではなかった。
落ち着いたゆるやかなターンを経て魚が戻ってくるたびに、彼はロープを手繰っていった。あと二周もすれば、銛を打ち込むチャンスが来るはずだ。
 引きつけて、引きつけて、引きつけて、捉える。彼は考えた。
頭を狙っちゃいけない。心臓をやるんだ。
「落ち着け、爺さん。しっかりしろ」彼は言った。
 次の周回で、魚は水面から背を出した。だが、船からは少し遠い。
その次の周回でもまだ遠かったが、魚の位置はより高くなっていた。もっとロープを手繰れば船べりに寄せられる、と老人は考えた。
 銛の準備はずいぶん前にしてあった。銛に付いた軽いロープは丸籠に収められ、ロープの終端は舳先の繋ぎ柱にしっかりと結んである。
 円を描きながら、魚が近づいてきた。美しく落ち着いた様子で、大きな尾びれだけが動いている。
老人は魚をそばへ寄せようと全力で引いた。
一瞬、魚が傾いた。しかしすぐ持ち直し、また周回を始める。
「奴を動かした」老人は言った。「俺が動かしたんだ」
また眩暈がした。しかし彼は全力で引き続け、大魚に食らいついていた。
奴を動かしたぞ、と彼は思った。きっと今回で奴に勝てる。
手よ、引け。足よ、踏んばれ。彼は思った。頭よ、しっかりしろ。しっかりしてくれよ。気を失ったことなど無いだろう。ここで奴を引っ張り寄せるんだ。
 だが、まだ魚がそばに来る前に全力を込めて引っ張り始めると、魚は少し揺らいだ後、また体を立て直して泳ぎ、遠ざかって行った。
「魚よ」老人は言った。「魚よ、どうあがいてもお前は死ぬしかないんだ。お前のほうは、俺を殺すしかないというのか?」
 それじゃどうにもならないな。彼は思った。
喋れないほど口の中が乾いていたが、水に手を伸ばすこともできなかった。
今度こそ必ず、奴を船の脇まで引き寄せる。
このうえ何度も周回されたら耐えられない。
いや、そんなことはないぞ。彼は自分に言った。お前は永遠にでもやれる。
 次の一周で、勝負はほとんど決まりかけた。
しかし、魚はまた元通りに立ち直り、ゆっくり遠ざかって行った。
 魚よ、お前は俺を殺す気だろう。老人は考えた。確かにお前にはその資格がある。
俺は今までに、お前ほど立派で、美しくて、落ち着いていて高貴な奴を見たことがない。兄弟よ。
来い、俺を殺すがいい。どちらがどちらを殺したって、構わないんだ。
 
Copyright (C) Ernest Miller Hemingway, Kyo Ishinami
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