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The Return of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの帰還

The Adventure Of Charles Augustus Milverton チャールズ・オーガスタス・ミルヴァートン 1

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
チャールズ・オーガスタス・ミルヴァートン
 私がこれからお話する事件が起きてから何年か経つ。それでもまだ口外するにあたり気後れしないわけにはいかない。
長い間、どれほど配慮した書き方をしようとも、この事件を公にすることはかなり難しかったであろう。だが、主要な関係者は人間の法律のおよばないところにいるのだから、適切に手心を加えておけば、だれひとり傷つけないようなやり方でお聞かせできるかもしれない。
これは、ミスター・シャーロック・ホームズと私の双方の経歴にしるされた、まったくユニークな経験の記録である。
私は日付などの事実を隠す。それによって、実際の事件を追跡してみることができなくなるかもしれないが、その点どうかお許し願いたい。
 ホームズと私は夕方の散歩に出かけ、六時に、凍てつくような冬の夕暮れからもどってきた。
ホームズがランプに火をつけると、テーブルのうえに一枚のカードが載っていた。
それに目を通したホームズは、悪態とともに床に投げ捨てた。
私が拾いあげて読んでみると――
代理業 チャールズ・オーガルスタス・ミヴァートン ハムステッド、アップルドア・タワーズ
「誰?」と私はたずねた。
「ロンドン一の悪党」と、ホームズは腰かけて足を暖炉の方に伸ばしながら答えた。
「裏にはなにか?」 名刺を裏返してみた。
「六時半に伺う――C・A・M」私はそれを読み上げた。
「ほう! もうそろそろだな。
ワトスン、動物園でけばけばしい毒蛇なんかを見たときにさ、薄気味の悪い、ぞっとするような感じがするだろ? あのおぞましい目やおそろしげなのっぺりした顔を見ると。
ミルヴァートンを見るとちょうどそんな気分になるんだよ。
ぼくはこれまで山ほど殺人犯と渡り合ってきたけど、あの男ほどむかむかするやつはいなかったね。
けれども、あいつとの取引は避けられない――実はね、やつをここに呼んだのはぼくなんだ」
「でも誰なんだ、そいつは?」
「教えてやるとも、ワトスン。こいつはあらゆる|強請屋《ゆすり》の王者だよ。
ミルヴァートンに秘密を握られてしまった男はね、まあ女のほうが多いんだけど、もうどうにもならないんだ。
顔は笑っていても心は無慈悲そのもの。そういう態度で被害者をしぼりにしぼり、干物にしてしまう。
その道にかけては天才だよ、もっとまともなことをやってても名をあげてたと思うね。
そのやりくちはというと、まず富や地位のある人々が書いた手紙に大金を支払う用意があるって噂を流す。
そういう手紙は、不実な付添人とかメイドとかからでてくることもあるけれど、その女性が信頼と愛情を注いでいる当のえせ紳士からでてくることも多いんだな。
やつは金を出し惜しんだりはしない。
偶然知ったことだけど、たった二行の走り書きを持ちこんできた従僕に七百ポンドもだしてやったこともある。結果、ある名家が破滅した。
金でなんとかなるものならなんだってミルヴァートンのもとに転がり込むようになっててね。この大都市でミルヴァートンの名を聞いただけで真っ青になる人間は三桁にのぼるだろうな。
次はどこに手を伸ばしてくるか、分かったもんじゃない。だって、やつは金にはまったく困ってないし、すぐに足がつくようなまねはしないしね。
手にしたカードを何年もふせておいて、ここいちばんというときになって切ってくるんだ。
さっき、ぼくはやつをロンドン一の悪党と言ったけど、かっとなって仲間を殴りたおしてしまうようなチンピラとは比べものにならないだろう? やつは金を唸らせているくせに、暇つぶしみたいなつもりで、計画的に人を苦しめるんだからね」
 ホームズのこれほどに感情的な喋り方を聞くのは珍しいことだった。
「でもきっとさ、法律の力でなんとかなるんじゃないのか?」
「理屈ではまったくそのとおり。でも現実的には無理だ。
やつをほんの何ヶ月か牢にぶちこんでみても、たとえばある女性にとってはだな、やつが刑期を終えたとたん破滅するのは目に見えているじゃないか。
被害者には反撃する気力もないよ。
もしもやつが罪のない人間をゆすってくれれば、ぼくらにも手のうちようがある。でも、悪魔みたいにずるがしこいからね、そんなことはあるまいよ。
だめだな、ぼくらはなにか違う手を探さないと」
「で、なんでまたここに?」
「それはね、ある高名な依頼人からこの件を任せられたからだよ。
依頼人はレディ・エヴァ・ブラックウェル、昨シーズンに社交界にデビューした人の中ではいちばんきれいなひとだね。
ドーヴァーコート伯爵と二週間後に結婚することになってる。
ミルヴァートンのやつ、依頼人の軽率な手紙をいくつかおさえててね。軽率という程度にすぎないものなんだけど――無一文の若い田舎地主にあてた手紙なんだ。
婚約を破談にもちこむには十分だろう。
ミルヴァートンはその手紙を伯爵に送りつけるつもりなんだ、それがいやなら大金を支払え、とおどしをかけている。
ぼくはやつに会って、できるだけよい条件を引出すようにと言いつかったってわけだ」
 そのとき、下の通りからひづめとわだちの音が聞こえてきた。
見下ろしてみると二頭立ての立派な馬車が止まっており、街灯に明るく照らされて、みごとな栗毛の馬がつややかに輝いていた。
馬丁がドアを開けると、もこもこしたアストラカンコートを着こんだがっしりとした体つきの小男がおりてきた。
そしてすぐに、その男が部屋に通されてきた。
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Kareha
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