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The Memoirs of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの思い出

Silver Blaze 白銀の失踪 11

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
 その品物は果して役に立ちました。
お忘れもありますまいが、ストレーカは不思議なナイフを握って倒れていました。あれは決して普通の人間の持つナイフではありません。
ワトソン君も申した通り、あれは極めて緻密な外科手術に使うメスの一種です。
しかも、まさしくあの晩は緻密な手術をするため用意されていたものなんです。
大佐、あなたの競馬に関する広い経験をもってすれば、馬の膝膕部《ひざかがみ》の腱に、外面に何んの痕跡をも残さず皮下手術的にちょっと傷をつけることは容易であって、
しかもそれをやられた馬は軽い跛《びっこ》を引き出すけれど、調馬中に筋でも違《たが》えたかそれとも軽いリウマチスに罹ったかということになって、不正の行われたのは決して分らないということを御承知でございましょうね」
「不届きな奴め! そんなことを企みおったのかッ」
「そこでジョン・ストレーカがなぜ馬を荒地《あれち》へつれ出したかは説明がつきます。
馬のような敏感な動物はナイフの先をちくりと感じただけでも烈しく騒ぎたてて、どんなによく眠っている者をでも起してしまいます。
だから、その手術は屋外の広い場所ですることが、絶対に必要だったのです」
「私が盲目《めくら》だった。
だから、蝋燭を持っていたり、マッチをすったりしたんですな」
「無論そうです。ところでポケットから出た品物を調べてみると、私は犯行の方法を発見したばかりでなく、幸いにしてその動機をも知ることが出来ました。
大佐、あなたは世間の広い方ですが、他人の勘定書を持ってる者がどこにありましょう? 
普通の人間ならば自分の払いを始末するだけで十分のはずです。
私はあの書附を見てストレーカは二重生活をやって、第二の家をどこかに持っているのだと断定しました。
しかも書附の内容を見れば、それには婦人の関係していることが知れます。非常に贅沢な好みの婦人です。
あなたが雇人にいくら寛大であり、いくら酬《むく》いられるからといって、彼等が自分の女に二十ギンの散歩服を買ってやれる身分だとは考えられますまい。
私はストレーカの細君にそれとなく服のことを訊ねてみますと、その服は果して細君の買ってもらったものではないことが分りました。この上はその帽飾店のところを控えて帰って、ストレーカの写真を持って店へ行って訊ねてみれば、事件の秘密はすっかりさらけ出せるだろうと思います。
 そのあとは極めて簡単です。
ストレーカは馬をつれ出して、燈火《ともしび》をつけても人の眼につかぬようにあの凹みへ降りて行きました。
その前に、シムソンは逃げる時、襟飾《ネクタイ》を落して逃げましたが、ストレーカは何か考えがあってそれを拾っておきました。おそらくそれで馬の脚でもしばるつもりだったのでしょう。
で、凹みの底へ降りて行くとすぐに、馬の後へ廻ってマッチをすりました。ところが馬は急にマッチの光に驚いて、同時に動物の不思議な本能で、自分の身に何か危険が企まれていることを感じ、ぱっと跳ね上りました。その拍子にストレーカは額を蹴られて倒れたのです。
雨は降っていましたが、仕事が細かいためストレーカはその前に外套を脱いでおきました。そして、倒れる時自分で自分の腿を刺したのです。
これですっかりお分りですか?」
「驚いた! 実に驚きました。まるで傍で見ていたようです!」
「正直に申すと、私の最後の断定は極めて大胆でした。
ストレーカのような狡猾な男が、この難しい腱の手術をするに、少しも練習なしにいきなりやるはずはないと気がついたのです。
ではどうしたら練習が出来るでしょう? 
その時、私はふと羊のことを思い、訊ねてみると、自分でも驚くほど私の推定が当ってるのを知りました」「これで何もかも完全に判明しました」
「ロンドンへ帰ってから帽飾店へ行ってみますと、ストレーカはダービシャといって、特に高価な服の好きな、見栄坊の妻を持ったその店の上客だということが分りました。
この女がストレーカを借財で首のまわらぬまでにし、遂にこの悲惨な結果に終った陰謀を企ませたことは申すまでもありません」
「すっかり分りましたが、一つだけまだお話し下さらないことがあります。
馬はいったいどこにいたのですか?」
「馬ですか、馬は逸走してしまって、あの附近のある人の保護を受けていたのです。
その辺のことは大目に見ておかなければなりますまい。
ああ、ここはどうやらクラパムの乗換駅ですね? ヴィクトリア・ステーションまではもう十分とかかりません。
大佐、私のところへお寄り下すって、葉巻でもおやりになりませんか? この他に何かお訊ねになりたいことでもありましたら、何んなりと喜んでお答えいたします」
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Otokichi Mikami
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