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ホーム青空文庫シャーロック・ホームズ最後の挨拶

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His Last Bow シャーロック・ホームズ最後の挨拶

The Adventure of the Devil's Foot 悪魔の足 3

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
「確かめなかったのですか?」
「ええ、たいして重要ではないと思いましたから」
「あなたが出ていったとき、嫌な気配はなかったのですね?」
「まったく」
「今朝、どうやってそれほど早く事件のことを聞きつけたのか、はっきりしませんが」
「私は早起きな質でして、ふだんから朝食前に散歩をするのです。
今朝は、散歩を始めたとたんドクターの四輪馬車に追いつかれました。
ドクターは、ミセス・ポーターが少年に緊急のメッセージを持たせてきたと言いました。
私はドクターの隣に飛び乗って駈けつけました。
現場につくなり、我々はあのおぞましい部屋を調べました。
蝋燭も暖炉も、何時間も前に燃え尽きたようで、兄たちは、暗い中を夜明けまで座りつづけていたのでしょう。
ブレンダは少なくとも死後6時間は経っているはずだと、ドクターが言っていました。
乱暴された跡はなく、
例の表情で椅子の肘あてに寄りかかっていました。
ジョージとオーウェンは途切れ途切れの歌を歌ったり、訳の分からぬことを早口で喋ったりしていました。まるで2匹の大猿みたいでしたよ。
ああ、見るもむごたらしいものでした! 
私はこらえきれず、ドクターの顔は真っ青でした。
実際、ドクターは失神しかけて椅子に崩れこんだので、我々はその介抱までするところでした」
「異常な――きわめて異常な事件だ!」とホームズは、立ちあがって帽子を手に取りながら言った。
「思うに、今すぐトリダニック・ワーサまで出向いた方がよさそうです。
正直なところ、最初からこれほどの奇妙な問題を提示した事件はちょっと記憶にありませんね」
1日めの朝に行ったことはほとんど調査に寄与しなかった。
しかしながら、その手始めに遭遇した出来事は、不吉な印象を私の記憶に残している。
その悲劇が起きた場所への道のりは、曲がりくねった狭い田舎道だった。
途中、我々は四輪馬車の走行音が近づいてくるのを耳にしたため、脇によけて馬車が通りすぎるのを待った。
馬車とすれ違ったとき、私は閉ざされた窓から視線を感じた。視線の元には、恐怖に歪み、薄ら笑いを浮かべた顔があった。
動きのない眼差しや剥き出された歯が、恐怖に満ちた幻となって我々の網膜に焼き付けられた。
「兄たちです!」と、唇を真っ白にしたモーティマー・トリジェニスが叫んだ。
「ヘルストンに連れて行かれるのです」
我々は、重々しく走る黒い四輪馬車を恐怖を込めて見送った。
そして、彼らが奇妙な運命に遭遇した呪われた家へと足を向け直した。
トリジェニス兄弟は広くて快適な家に住んでいた。コテージというよりも別荘ヴィラというべきもので、相当な庭があり、コーンワルの空の下、すでに春の草花で埋め尽くされていた。
居間の窓は庭に面しており、そこから、モーティマー・トリジェニスによれば、真の恐怖で一瞬のうちに人の精神を吹き飛ばす邪悪なものが入ってきたに違いない。
ホームズは花壇の間の道をゆっくりと考え込むようにして歩き、玄関に入った。
ホームズは考え事に没頭していたので、私の記憶では、如雨露につまづいて中身をひっくり返し、我々の足元と庭の道をびしょぬれにしてしまった。
部屋の中では、年老いたコーンワル人の家政婦、ミセス・ポーターに会った。この家政婦は若い女中の手を1人だけ借りながら、トリジェニス兄弟の求めに応えてきた。
ホームズの質問にはよどみない言葉が返ってきた。
昨日の夜は何も耳にしなかった。
雇い主の最近の精神状態はみな申し分なく、知るかぎりではこの上ない機嫌のよさだったと言える。
今朝、部屋に入って兄弟がテーブルを囲んでいる無惨な光景を見るなり恐怖に失神した。
意識を取り戻すと窓を乱暴に開け放って朝の空気を入れ、小道を駆け下り、ドクターのところに農家の少年をやった。
もし、レディに会おうと思うのなら、階上にあるご自分のベッドに寝かせている。
精神病院の馬車に2人を乗せるのに、4人の屈強な男の手がかかった。
自分は、もう1日たりともこの家に留まる気になれないので、午後にはセント・アイヴスの家族の元に帰るつもりだ――とのことだ。
我々は階段を上り、死体を検分した。
今はもう中年の域に差しかかっていたが、かつてのミス・ブレンダ・トリジェニスはかなり美しい少女だったに違いない。
その死に際しても、黒味がかった目鼻立ちのはっきりした顔は美しいままだった。だがその顔には、彼女が人として最後に経験した感情である恐怖に引きつった跡が残されていた。
我々はミス・トリジェニスの寝室から出て、この異様な悲劇が現実となった居間に降りた。
一晩中焚かれつづけた暖炉の中に、黒焦げになった灰が残されていた。
テーブルには、燃え尽きた四本の蝋燭があり、カードが散らばっている。
椅子は壁のほうに片付けられていたが、それを除くと昨日、闇が訪れる前の状態と変わっていなかった。
ホームズは部屋の周りを早足で静かに歩きまわり、いろいろな椅子を元々の場所に戻しては腰掛けた。
どれくらいよく庭が見えるかを確認したり、床や天井、暖炉を検査したりしたが、ホームズの目が不意に輝いたり、唇が引き締められたりすることはなかった。そうした気色は、ホームズが微かな光をこの完全な闇の中から見つけ出したことを教えてくれるものだったのだが。
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Kareha
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