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ホーム青空文庫シャーロック・ホームズ最後の挨拶

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His Last Bow シャーロック・ホームズ最後の挨拶

The Adventure of the Devil's Foot 悪魔の足 2

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
私は何とかしてホームズを、旅行の目的である静かな生活へ戻るように説得する方法を考えたが、ホームズの緊張した表情や引き締められた眉を一見しただけで、その期待がどれほど無駄なことであるかを悟った。
ホームズは我々の平和を打ち破った奇妙な事件に心を奪われて、少しの間黙ったまま座っていた。
「調査しましょう」とうとうホームズは言った。
「見たところ、きわめて異常な性質を持つ事件のように思われますね。
そこにはご自身で行かれたのですか、ミスター・ラウンドヘイ?」
「いいえ、ミスター・ホームズ。ミスター・トリジェニスが牧師館までご説明にこられましたので、とにかくあなたにご相談するようにと、取り急ぎ」
「この並外れた悲劇が起きた家まで、どれくらいありますか?」
「1マイルほど内陸に」
「ではそちらまで一緒に歩いて行きましょう。ですが、調査をはじめる前に、ミスター・モーティマー・トリジェニス、少しだけお尋ねしなければなりません」
トリジェニスはずっと沈黙を守ってきたが、感情を前面に押し出してくるラウンドヘイ牧師より、自制しながらもひどく興奮している、と私は観察した。
青白くやつれた顔をして、視線をホームズに固定し、細い手をしっかりと組んで座っていた。
肉親の身に降りかかった恐るべき経験を聞くに及ぶと青白い唇を震わせ、暗い瞳にその時の恐怖が少しだけ浮かんだように見えた。
「なんでも聞いてください、ミスター・ホームズ」と、真剣な面持ちで答えた。
「口にするのも恐ろしいことですが、本当のことをお答えします」
「昨晩のことを教えてください」
「そうですね、ミスター・ホームズ。ラウンドヘイ牧師がおっしゃるとおり、私はあそこで夕食を取りました。兄のジョージがその後でホイストをやろうと提案しました。
我々が席についたのは9時ごろです。
私が家を出るために席を立ったのは、10時15分すぎでした。
これ以上ないほどのよい雰囲気で兄たちと別れました」
「誰が見送りましたか?」
「ミセス・ポーターはもう寝てしまっていましたから、ひとりで広間から出て、
ドアを後ろ手に閉めました。
兄たちが座っている場所に近い窓は締まっていましたが、ブラインドは降ろされていませんでした。
今朝も、ドアや窓に変わりはありませんでした。いえ、部外者が出入りした痕跡はまったくありません。
なのに、兄たちは座ったまま恐怖のためにすっかり狂ってしまい、ブレンダは首を椅子の肘あてにのせて死んでいるのです。
あの部屋の光景、死ぬまで忘れられないでしょう」
「なるほど、お話を伺うに、確かにきわめて異常な事態ですね」と、ホームズ。
「悪魔の仕業ですよ、ミスター・ホームズ、悪魔に違いありません!」と、モーティマー・トリジェニスは叫んだ。
「この世のものではありません。
何かが部屋に入りこんで、兄たちの理性の光を打ち砕いてしまったのです。
人間業でこのようなことができましょうか?」
「心配ですね」とホームズ。「この事件が人間性を超えたものだとすると、それは私の手には負えません。
ですが、そういう見解に逃げ込む前に、人知を尽さなければなりません。
あなたについて言えば、ミスター・トリジェニス、ご兄弟が一緒に住んでおられるのに別に住まいをお持ちだということから、何かご家族と意見を違えることがあったのだと見受けましたが?」
「そうです、ミスター・ホームズ。そうなんですが、それは昔の問題で、すんでしまったことです。
私たちはレッドラスの錫鉱夫の家に生まれましたが、ある会社に事業を売却して、我々が生活していくのに十分な資金とともに引退しました。
金銭の配分について思うところがあって、しばらく私たちの間に溝があったことを否定するつもりはありませんが、その問題は許され忘れられ、今はお互いに最高の友達同士だったのです」
「一緒に過ごしたその晩を振り返ってみて、この惨事に光明を投げかけてくれそうなことを何か覚えておられませんか? 
よく考えください、ミスター・トリジェニス。手がかりになりそうなことなら何でも」
「まったくありません、はい」
「ご兄弟の精神状態はいつもどおりでしたか?」
「これ以上ないほどに」
「ご兄弟に神経質なところはありましたか? 
迫りくる危険への不安を見せたことはありませんでしたか?」
「そういったことは何にも」
「では、付け加えることはありませんね? 我々の助けになりそうなことは」
モーティマー・トリジェニスはしばらく真剣に考え込んでから口を開いた。
「ひとつ思い出したことがあります。
カードの最中、私は窓を背にして、パートナーだったジョージと向かい合わせに座っていました。
一度、私の肩越しに険しい視線を送ったので、私も振りかえりました。
窓は締まっていましたが、ブラインドはあがっていて、芝生の中にある茂みが見えました。そのとき一瞬だけ、何かが茂みの間を動き回っているのが見えたような気がしました。
人だったが動物だったのかさえ分かりませんが、とにかく何かがいると思ったのです。
ジョージに何を見ていたのか尋ねると、私が感じたのと同じことを言いました。
それ以上のことは分かりません」
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Kareha
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