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His Last Bow シャーロック・ホームズ最後の挨拶
The Adventure of the Devil's Foot 悪魔の足 4
Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
「春の晩に、この小さな部屋で火を焚いたりする習慣があったのですか?」
モーティマー・トリジェニスは、昨日の晩は寒くて湿っぽかったのだと説明した。
そのために、彼が到着したあとに、火がつけられたのだ。
「これからどうするおつもりですか? ミスター・ホームズ」と、モーティマー・トリジェニスが尋ね返した。
「思うに、ワトスン、君が実に当然のごとく糾弾するあの、煙草服毒法を再開することでしょうね」と、言った。
「紳士方、みなさんの許可を得てコテージに帰るつもりです。ここではもう我々の目を引きそうな新要素はみつかりそうにないと思いますし。
これから頭の中で事実を洗いざらい検討しますよ、ミスター・トリジェニス。何か思いついたときには、必ずあなたと牧師さんに連絡いたします。
ホームズは、ポルドュー・コテージに帰ってからずいぶん長い間、完璧に沈黙し続けた。
背を丸めて肱掛椅子に座り、禁欲主義者のような顔を渦巻く紫煙で覆い隠し、黒い眉毛を吊りあげ、額には皺を寄せ、瞳はぼんやりと遠くを見つめていた。
「どうにもならないね、ワトスン!」と、笑いながら言った。
十分な材料を与えずに脳を働かせるのは、エンジンを空ぶかしするようなものだね。
海の空気、太陽の光、それに辛抱だよ、ワトスン――他のはみんな自分からやってくる」
2人で崖の周りを歩きながら、ホームズは話を続けた。「さて、僕らが置かれている状況を落ちついて考えてみよう。
はっきり分かっている点は実に乏しいが、ひとつひとつを確実に理解しておきたい。そうすれば新しい事実が判明したときに、適切な場所にはめ込む準備ができるからね。
まず最初に、僕らは2人とも、人間の世界に悪魔の侵入があったということをまだ認めるつもりがない、はずだ。
この考えを我々の頭の中から締めだすことから始めよう。よろしい。
そうすると、3人の人物が、人の手による故意、あるいは過失によって悲痛な苦しみを味わったことになる。
ミスター・モーティマー・トリジェニスの話を真実だと仮定すれば、明らかにあの男が部屋を出てからすぐのことだ。
なのに、姿勢を変えることも、椅子を引くこともしていなかった。
繰り返すよ。事件が起きたのはあの男が出ていった直後、昨夜11時以前だろう。
「次に調べるべきことは、手を出せる範囲にあるものではね、モーティマー・トリジェニスがあの部屋を出てからの行動だ。
君は僕のやり方を知っている。あの不恰好な如雨露が、彼の足跡を何よりもはっきりと手に入れるための小道具になることに、もちろん、君は気がついていたはずだ。
昨晩もまた湿っぽかった。君も覚えているだろう。だから、他人の足跡の中から彼の足跡を追っていくのは、サンプルを見ていたしさ、難しいことじゃなかったよ。
彼はまっすぐ足早に牧師館へと歩いていったようだった。
「では、モーティマー・トリジェニスが現場におらず、かつ外部の人間が中の住人たちに影響を与えたのであれば、その人物像とその恐るべき手段とをどうすれば再現できるだろうか?
ミセス・ポーターは除外してよい。彼女は明らかに害のない人間だ。
では、誰かが庭から窓に忍び寄り、何らかの方法で見るものに重大な影響を与えたという痕跡はあるだろうか?
唯一の見解は、モーティマー・トリジェニスその人からあがっている。曰く、兄が庭で動いたものについて話した、とね。
あの晩は曇るやら雨が降るやらで薄暗かったから、これは異常なことだ。
庭から部屋の中にいた兄弟を脅かそうとしたからには、まさしく窓ガラスに顔を押しつけたのだろう。
だが、窓の下にある幅3フィートの花壇には足跡ひとつ残されていなかった。
そうなると、外部の者がこの兄弟に手酷い印象を与える手段など想像するのも困難だし、そういう異様で念入りな犯行に及ぶに値する動機も見つかっていない。
僕らが直面している問題について理解してくれたかい、ワトスン?」
「その点だけはわかりすぎるほどね」と、私は確信をもって答えた。
「それでもね、もう少しだけ材料があれば、それが克服できないことではないと証明できるかもしれない」と、ホームズ。
「君の徹底的な記録の中にも、ワトスン、同じくらい曖昧なものが見つかるかもしれないね。
ところで、事件のことはもっと正確なデータが手に入るまで置いといて、今朝の残りを新石器時代人の研究に費やそうじゃないか」
前に友人の知的独立性の力について述べたことがあったと思うが、それをこのコーンワルの春の朝ほど不思議に感じたことはなかった。彼は2時間にわたってケルト文明、鏃、陶片について論じ続けたが、その平静さときたら不吉な謎が解決を待っていることを忘れてしまっているかのようだった。
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Kareha