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The Case-Book of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの事件簿

The Adventure Of The Sussex Vampire サセックスの吸血鬼 3

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
「貴君とな!」
「当事務所がぼんくらの巣と思われては困る。
むろん差出人本人が当事者だ。
その電報を送りたまえ、あとは朝まで寝かしておこう。」
 時間通り明朝一〇時、ファーガソンが我々の部屋に乗り込んできた。
私の記憶では、ひょろ長い身体に手足をぶらりと提げ、身のこなし素早く敵のバックスをかわす男だった。
まさか全盛期は一流で知られた選手の無様な姿を見ることになろうとは、これほど痛ましいことはない。
大柄の体格も崩れ、亜麻色の髪も薄くなり、肩も垂れている。
とはいえ私も相手に同じ想いを抱かせたはずだ。
「やあやあワトソン。」という彼の声は、変わらず太く、心のこもったものだった。
「さすがにあのときの君とはいかないか、ほら君をロープの向こう、旧鹿苑の観衆のなかへ投げ込んだろ。
こっちもちょっとは変わったが、
この一日二日でめっきり老けてね。
電報によればどうも、ホームズ先生、代理人のふりは無駄だったようで。」
「直の方が話が早い。」とホームズ。
「その通りです。
とはいえ考えてもみてください、難しいですよ、自分が守り助ける義務のある女性のことを訴えるなんて。
僕に何が。こんな話を警察に持ち込むなんてとても。
それに子どもたちも守らねば。
狂気ですか、ホームズ先生。血筋が何か? 
似たような案件のご経験は? お願いです、ご助言を。もう途方に暮れて。」
「ごもっともです、ファーガソンさん。
さあお座りに、落ち着いて、いくつか質問にご回答を。
僕が途方に暮れるまではまだまだ時間も充分、僕らで何かしらの解決策を必ずやお見つけ差し上げます。
まずは、すでになさった対処について。
御前様は今もお子様のおそばに?」
「あれはすさまじい光景でした。
実に情の深い女性なのです、ホームズ先生。女から男への全身全霊の愛ということなら、むろんあるわけで。
本人も心から苦しんでいます、このおぞましい、この信じがたい秘密を私に知られたことで。
口も開かず、
責めても返す言葉もなく、ただ私をじっと見つめ、その瞳は取り乱し打ち拉がれたかのようで。
そのあと自分の部屋へ駆け込み、閉じこもりました。
以来、顔も合わせてくれず。
彼女には結婚前からそば付きの女中がおりまして、名をドローレス――召使いというより友人です。
食べ物はその者が運んで。」
「ならばその子に差し迫った危険はないと?」
「メイソンおばさん、乳母が夜も昼も絶対離れないと。
私も信頼しきっております。
ひとつ不安があるとすれば、幼いジャックのことで。かわいそうに、手紙でも申し上げましたが、二度手荒いことをされていて。」
「だが怪我はない?」
「ええ、打ち据えただけですから。
身体の不自由な、害のない子だけに、不憫で。」
ファーガソンのやつれた顔も、この少年の話をするときはほころんだ。
「この子の有様を観たら誰だって心和らぐとご納得に。
幼い頃、高いところから落ちて脊椎を痛めまして、ホームズ先生。
けれども情の深い愛しい子なのです。」
 ホームズは昨日の手紙を拾い上げて読み始める。
「お屋敷にそのほか住み込みは、ファーガソンさん?」
「最近入った召使いがふたり。馬番がひとり、このマイケルも屋敷で寝起きを。家内に私、息子のジャックに赤ん坊、ドローレス、あとメイソンおばさんで、全員です。」
「となると、結婚の時点では御前様のことをよくご存じではなかった。」
「知り合ってほんの数週間後で。」
「女中のドローレスと御前様はどれくらいご一緒に?」
「数年は。」
「でしたら御前様の人となりはあなたよりドローレスの方がよくご存じ。」
「はい、その通りかと。」
 ホームズは書き留める。
「思うに、ここよりランベリにいた方が僕もお役に立てるかと。
案件の出来からして、自ら調べるべきです。
ご婦人がまだお部屋なら、出向いてもお邪魔にもご迷惑にもなりますまい。
むろん僕らは宿を別に取ります。」
 ファーガソンはほっとした素振り。
「願ったり叶ったりです、ホームズ先生。
お越しならヴィクトリア駅二時発にうってつけの列車が。」
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo
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