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The Case-Book of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの事件簿

The Adventure Of The Sussex Vampire サセックスの吸血鬼 5

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
「おや! おや!」とそのとき声。
 スパニエル犬が一匹、隅のかごで横になっていた。のろのろと主人へと近づくが、うまく歩けていない。
後ろ足の動きが不自然で、尾は床についたままだ。
ファーガソンの手をなめる。
「どうしました、ホームズ先生?」
「この犬、どこか具合でも?」
「それが獣医も頭を痛めてまして。
麻痺の一種で、脊髄膜炎だとか。
まあ治まりつつあるので、じきに治るでしょう――だな、カーロ?」
 そうだとばかりに垂れた尾がふるえる。
犬は悲しげな目で我々を順に見やった。
自分の話だとわかっているようだ。
「症状は急に?」
「一晩を境に。」
「いつ頃から?」
「四ヶ月ほど前です。」
「目に付く。やはり裏がある。」
「裏って何です、ホームズ先生?」
「想定済みのことを確かめたまで。」
「お願いです、どういうことです、ホームズ先生? 
先生にはほんの知的なパズルかもしれませんが、私には生きるか死ぬかなんです! 
家内が殺人鬼になるかもしれない――息子は今も危険なんです! もてあそばずに、ホームズ先生、事は深刻なんですよ。」
 大柄な元ラグビー選手は全身をふるわせている。
ホームズは落ち着かせようと手を相手の腕に置いた。
「僕はね、ファーガソンさん、何であれ解決そのものがあなたの苦しみになるやもと心配で。
全力でお救いする所存。
さしあたり申し上げられるのはこれのみですが、この館を発つ前にははっきりとした事もつかめるかと。」
「本当にお願いしますよ! 
すいませんが、みなさん、私は家内の部屋へ行って、変わりないか確かめなくては。」
 依頼人が数分不在のあいだ、ホームズは再び壁の珍しい品々を調べ出す。
やがて戻ってきた屋敷の主人だったが、思わしくない顔を見せたので、進展がなかったに違いない。
ただ連れてきた人物がひとり、長身細身の小麦肌の娘だ。ファーガソンは言う。
「お茶の支度はできている、ドローレス。
ご主人に不自由のないよう頼む。」
「あの方、具合、悪い。」と声を上げる娘は、屋敷の主人を責めるような目で見つめていた。
「何も、食べない、言う。具合、悪い。医者、見せる。
ふたりだけ、医者いない、わたし、怖い。」
 ファーガソンが私の方へ、何か訴えるように目を向ける。
「私なんぞで何かお役に立てますかな。」
「ご主人さまは、医者に会ってくれるのか?」
「わたし、連れてく。ほっとけない。医者、見せる。」
「では君とすぐさま出向くとしよう。」
 私はその娘についていった。その子は感情の高ぶるあまりふるえていた。階段をのぼり、古い廊下を奥へ。
突き当たりに鉄のかすがいがついた大扉があった。
これでは、さしものファーガソンでも妻のところへたやすくは押し入れない、本人もそのことに気づいただろう。
娘が懐から鍵を取り出すと、厚く重い楢板が蝶番をきしませる。
私が入室すると、うしろから娘も滑り込み、後ろ手に扉の錠をかける。
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo
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