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The Great Gatsby 華麗なるギャツビー

Chapter1-4

Francis Scott Fitzgerald F・スコット・フィッツジェラルド
AOZORA BUNKO 青空文庫
西部とはまったく違っていた。あそこでの夕べは解散に向けてめまぐるしくすぎていったものだった。絶えることなく期待を裏切られながら、さもなくばその時間その時間への不安に駆られながら。
「デイジーの前に出ると自分が文明の外からやってきたような気がする」とぼくは打ち明けた。二杯めのクラレットは、コルクくさくはあったけど、味はなかなかよかった。
「作物《さくもつ》の出来みたいな話はだめなのかな?」
 ぼくはとりたてて深い意味をこめて言ったわけではなかったのに、予想外の方向へと話は進んでいった。
「文明はいまや崩壊しつつあるんだぜ」と、トムが激しい調子で口火《くちび》をきった。
「おれはひどいペシミストになってな。
ゴダードってやつの『有色帝国の隆盛』って本は読んだか?」
「いや、ないけど」とぼくはその口調にあっけにとられたまま言った。
「そう、いい本だよ。だれもが読んでおくべきだ。
要するに、もしおれたちが警戒を怠《おこた》れば、白色人種は――白色人種は完璧《かんぺき》に埋没してしまうだろう、っていうんだ。科学的なやつでね、ちゃんと証明までついてる」
「トムはとっても高尚《こうしょう》になっちゃって」とデイジーは浅はかな悲しみをこめて言った。
「読むのは長い単語がずらずら並んだむずかしそうな本ばっかり。ほら、なんていったっけあの単語、わたしたちが――」
「まあ、どれも科学的なやつなんだけどな」とデイジーをいらだたしげに横目で見る。
「この男はそのへんをすべてまとめてひとつに仕上げたんだよ。
おれたち次第ってわけだ。支配人種たるおれたちが警戒を怠るかどうか、もし怠れば、他の人種が支配権を得ることになる」
「おれたちはやつらを叩きのめさねばならんのだ」とデイジーは囁くように言った。夕日に向かってウインクしながら。
「だったらカリフォルニアにでも住んでみれば――」とミス・ベイカーが言いはじめたが、トムはそれを椅子に座ったまま大きな身振りで制した。
「つまり、我々はノルマン民族だっていう考えなんだよ。おれも、ニックも、あんたもそうだし――」
一瞬ためらい、それからかすかにうなずいてみせることで、デイジーをそこに含めた。デイジーはぼくに向かってふたたびウインクした。
「――で、文明となるものはどれもおれたちが生み出してきたわけだ――まあ、学問とか芸術とか、その他いろいろだな。わかるか?」
 かれの熱心さにはどこか感傷的なところがあった。その自己満足、年のわりには性急な自己満足だけでは、もはや自分にとって十分ではないのだとでもいうような。
それとほぼ同時に家の中から電話のベルが鳴り響いてきて、執事が出ていった。デイジーはその隙《すき》をつき、ぼくに向かって身を乗り出した。
「ある家族の秘密を教えてあげる」と熱に浮かされたような声。「あの執事の鼻のことよ。聞きたい? 執事の鼻のこと」
「そのためにこそ、今夜ぼくはきたんだよ」
「あのね、むかしから執事ってわけじゃなかったの。かれはニューヨークのひとたちを相手に銀器磨きをやっておりました。お客さんは二百人にものぼります。
朝から晩まで銀器を磨いておりましたところ、とうとう鼻に影響が出てきまして――」
「それから事態は悪くなる一方でした」とミス・ベイカーが口を挟んだ。
「そう。事態は悪くなる一方でした。とうとうかれは職を辞さなければならなくなったのです」
 その間、デイジーの顔に落ちかかる入日がロマンティックな効果をあげていた。耳を澄《す》ますとその声は途切れることなくぼくの中へと飛びこんでくるみたいだった――やがてその輝きは、ぐずぐずと、夕暮れの街から引き上げていく子供のように、すこしずつ消えていった。
 執事がもどり、トムに何事かを耳打ちした。するとトムは眉をしかめ、椅子を引き、なにも言わずに中へと入っていった。
トムがいなくなったためだろうか、デイジーがふたたび身を乗り出した。輝くような、歌うような声。
「ニックをお招きできてほんとに嬉しい。ニックってむかしからどこか――どこか、バラっていうか、正真正銘《しょうしんしょうめい》のバラって感じがするんだもの。ねえ、そうじゃない?」
と、ミス・ベイカーに振る。「正真正銘のバラよね?」
 これは嘘だった。ぼくはいまもむかしも、どこをどうみたってバラのようではない。
デイジーのアドリブにすぎなかったのだけど、それでも心温まるものが伝わってきた。そのぞくぞくするような言葉の流れに包み込まれた心が、聞き手の中に入りこんでくる。それがデイジーの声の特徴だった。
それから急にデイジーはナプキンをテーブルに投げ出し、中座《ちゅうざ》を詫《わ》びて家の中へと入っていった。
 ミス・ベイカーとぼくとは、軽く視線を交わした。意識的に、特に意味を含まないようにと心した視線を。
ぼくが口を開こうとすると、警戒するように立ちあがり、「しっ!」とぼくの言葉を封じた。
押し殺しされているものの、強い感情がこめられた囁き声が、遠くの部屋から聞こえてくる。ミス・ベイカーは恥ずかしげもなく家の中の会話を盗み聞きしようと身を乗りだした。
ふたつの囁き声は不協和《ディスコード》し、震え、小さくなり、興奮したように高まり、やがて、同時にやんだ。
「さきほど話題になさったミスター・ギャツビーはぼくの隣に住んでいて――」と、ぼくは切り出した。
「黙ってよ。何が起きてるか、聞きたいんだから」
「何かが起きてる?」とぼくは無邪気《むじゃき》に訊ねた。
「って、知らないわけ?」とミス・ベイカーは本当に驚いて言った。
「みんな知ってるもんだって思ってた」
「いや、ぼくは知らない」
「えっとね――」とためらう。「トムはニューヨークに女を作ってるのよ」
「女を作ってる?」ぼくは無内容に鸚鵡《おうむ》返しした。
 ミス・ベイカーはうなずいた。
 
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