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The Great Gatsby 華麗なるギャツビー

Chapter5-1

Francis Scott Fitzgerald F・スコット・フィッツジェラルド
AOZORA BUNKO 青空文庫
 あの夜、ウェスト・エッグへの家路にあったぼくは、一瞬、我が家から火が出ているのではないかと思った。
二時。半島全体を包む焼けつくような光が低木の茂みに落ちかかり、そして道路横の電線は細長くきらめいていた。
角を曲がったところで、ぼくはそれがギャツビーの家の、塔からはもちろん、地下室からまでも溢れだしてきた光だというのを見てとった。
 最初、ぼくはまたパーティーかと思った。でたらめな連中が寄り集まって、隅から隅まで遊技場として明渡された家を舞台に「かくれんぼ」なり「おしくらまんじゅう」なりをやっているのだろう、と。
ところが、なんの音も聞こえてこなかった。
木々を抜ける風の声だけが聞こえてきた。風に揺れる電線はくりかえし光を反射する。まるで家全体が闇にまたたいているようだった。
乗ってきたタクシーが走り去りつつたなびかせる排気音が響く中、ぼくは、ギャツビー邸の芝生を横切ってぼくのほうにやってくるギャツビーの姿を認めた。
「お宅はまるで万国博覧会ですね」とぼくは言った。
「そうですか?」ギャツビーは形だけ自分の家に目を向けた。
「部屋を一つ一つ覗いて回っていたところでした。
さ、コニー・アイランドに行きましょう、尊公。私の車で」
「もうこんな時間ですし」
「ふむ、ではプールでひと泳ぎするのはどうです? 私はこの夏、まだあれを使っていないのですよ」
「ぼくは寝ないと」
「そうですか」 かれは、いまにも聞きたいという想いを押し隠しつつぼくを見つめ、待った。
「ミス・ベイカーと話をしてきました」とぼくはしばらく間を置いてから言った。
「デイジーをここまでお茶にくるよう誘っておきますよ、明日にでも電話して」
「ああ、それはよろしいのです」とかれはぞんざいに言った。
「尊公を煩《わずら》わせたくはありませんから」
「都合のいい日はいつです?」
「そちらこそ、都合のいい日はいつです?」とかれはあわててぼくの言葉を言い換えた。「私としては尊公を煩わせたくはないのですよ」
「明後日《みょうごにち》はどうですか?」 かれは少し考えこんだ。
それから言いにくそうに、「芝を刈っておきたいのですが」と言う。
 ぼくらは揃って庭を目線を落とした――我が家のみすぼらしい芝生の端と、そこから始まるかれの家のみごとに手入れされた芝生との境目は、くっきりとした直線を描いていた。
かれは我が家の芝生のことを言っているのだろう。
「それともう一つ、ちょっとした問題がありまして」とあやふやなためらいがちの口調で言った。
「つまり、二、三日様子を見たいということですか?」
「あ、その事ではありません。少なくとも――」
かれはしどろもどろに切り出した。
「まあその、多分ですね――何と言いますか、ほら、尊公はそう大金をお稼ぎになっておられるわけではないのでしょう?」
「ええ、それほどには」
 この返事に安心したらしい、前よりも自信に満ちた口調で話を続けた。
「そうだろうと思っておりました、いや、お許し下さい――そのまあ、私はちょっとした仕事を片手間にやっております。サイドビジネスとでも申しますか。
そして私は考えてみたのですが、もし尊公の稼ぎがあまり宜しくないということでしたら――今、証券をお売りになっているのですよね?」
「売ろうとしている段階ですけどね」
「では、この話にも興味がおありかと思います。
たいして時間を取られるわけでもありませんし、それでいて悪くない小遣い稼ぎになりますよ。
多少|内密《ないみつ》を要するようなこともありますが」
 あのときは気づかなかったけれど、この会話を交わした当時、ぼくはむずかしい立場に立たされていたのだ。返事のしようによっては人生が大きく変わっていたかもしれない。
でも、その提案はぼくをとりこもうとする意図が見え透《す》いた無粋《ぶすい》なものだったから、ぼくは迷わず払いのけた。
「ぼくはいま手一杯なものでしてね」とぼくは言った。「ご厚意はとてもうれしいんですが、いま以上の仕事をお引き受けするのは無理です」
「ウルフシェイムとはまったく関係を持たずにすむのですが」
要するにかれはランチの席で口にされた「ゴネグション」なるものにぼくが尻ごみしていると見たわけだけど、そういうわけではないことをぼくははっきりかれに伝えた。
かれはしばらく待っていた。ぼくが会話の口火を切るのを期待していたのだと思う。だが、ぼくはそれに気づかないくらいぼうっとしていた。かれはしぶしぶ自邸に引きかえしていった。
 あの日の夕方の時点で、ぼくはもう、ふらふらの、ご機嫌な状態になっていた。ぼくは家の玄関を開けたとたん、深いまどろみの中へと歩みこんでいったように思う。
だから、ギャツビーがあれからコニー・アイランドに行ったのかどうか、どれくらいの間屋敷中の照明をつけたまま「部屋を覗いてまわっていた」のか、ぼくはまったく知らない。
翌朝ぼくは職場からデイジーに電話し、お茶を飲みにくるよう誘った。
「トムは連れてこないで」ぼくは念を押した。
「え?」
「トムは連れてこないで」
「だれよ、『トム』って」とデイジーはあどけなく言った。
 
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