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The Great Gatsby 華麗なるギャツビー

Chapter4-6

Francis Scott Fitzgerald F・スコット・フィッツジェラルド
AOZORA BUNKO 青空文庫
わたしも春のころにカンヌで会ったっけ。一年たったら今度はシカゴに舞いもどってきて腰を落ちつけた。
デイジーは若くて無茶な金持ち連中によく知られていたけど、悪い噂なんてこれっぽっちも聞かなかったな。
たぶん、お酒が飲めないからよ。
しこたま飲む連中に混じって酒を飲まないってのはすごく有利なことでね。
ほら、酔って口を滑らすこともないし、それに、ハメをはずしたくなったときはだれも気にしてないようなタイミングを見計らってはずすことができるし。
たぶん、デイジーは浮気なんてまったくやったことないんじゃないかな――声色にはどこか変だなと思わせるところがあるけどね……
 で、六週間前、あのひとはここ数年来はじめてギャツビーの名前を耳にした。
あなたもきてたあの晩のことよ――覚えてる?――わたしがウェスト・エッグのギャツビーを知ってるかどうか、あなたに尋ねたとき。
あなたが帰った後すぐ、部屋にあがってきたデイジーがわたしを叩き起こして「なにギャツビー?」って聞いたの。わたしが――半分寝てたけど――ギャツビーの風采《ふうさい》を説明してやったら、まったく聞いたこともないような声音で昔知っていたひとにちがいないって言った。
そのときはじめて、このギャツビーというひととデイジーの白い車に乗っていたあの将校さんとがわたしの中で結びついたってわけ。
 ジョーダン・ベイカーがここまでを語り終えたのはぼくらがプラザ・ホテルを出てから三十分経ってのことで、そのときぼくらは、馬車でセントラルパークを通過中だった。
陽は西区五十番台街に並ぶムービースターたちの豪邸の影に隠れ、宵《よい》の入りの空には、草むらの蟋蟀《こおろぎ》の歌のかわりに、そこいらの子供らの歌う、甲高い、ませた歌が染み広がっていく。
'I'm the Sheik of Araby.
Your love belongs to me.
At night when you're asleep
Into your tent I'll creep - '
「めずらしい巡り合わせもあったもんだね」とぼくは言った。
「ところがまったく巡り合わせなんかじゃなくてね」
「どういうこと?」
「ギャツビーがあの家を買ったのはデイジーが向こう岸に住んでるからなんだもの」
 すると、六月の夜にかれが見ていたものは星どころではなかったのだ。
ギャツビーが、無軌道《むきどう》というまばゆい母胎《ぼたい》の外に飛びだしてきて、ぼくの内に生きた人間として活動しはじめた。
「あのひとが知りたがってるのはね、あなたがそのうちデイジーを自分のうちでの午後のお茶に招いてくれるか、そして、そのときかれが顔をだしてもかまわないかどうか、ってこと」
 その要求のつつましさにぼくは衝撃を受けた。
五年もの間ずっと待ちつづけ、屋敷を買い、そこを訪れる蛾《が》の群れに光を分け与えてやった――それは、他人の庭での午後のお茶会にそのうち「顔をだす」ためだったのか。
「いま聞いた話を全部知らせたうえでないと頼めなかったってわけ? 些細《ささい》な頼みじゃない」
「あのひとも気が弱くなってるのよ、ずっと待ちつづけてきたんだから。
あなたが侮辱《ぶじょく》されたと感じるんじゃないかって思ったわけ。ほら、ああ見えても人付き合いがうまくないひとだしね」
 なにかが心に引っかかっていた。
「話はわかったけど、きみに直接再会の場を作ってくれるよう頼まなかったのはどうして?」
「あのひと、デイジーを自分の家に呼びたがってるから。
お隣でしょ、それであなたってわけ」
「なるほど!」
「たぶん、あのひとはパーティーを繰り返してればそのうちひょっこりデイジーが出てくるんじゃないかと期待してたところがあったんじゃないかな。でも、そうはならなかった。
そこで、いろんな人にデイジーを知らないかってさりげなく尋ねるようになって、最初に見つかったのがこのわたし。
話があるって呼びにきたあの晩のことよ。そこで聞かされたのがまた、手のこんだ話でね。
もちろん、わたしはすぐ、じゃあニューヨークで一緒にランチでもって提案して――そしたらもう、あのひとったら気がふれるんじゃないかと思った。
「『変な真似はしたくない、変な真似はしたくない、変な真似はしたくないんです! 私はただあの人の姿を少し離れた所から一目見られればそれでいいんです!』
「あなたとトムは特に仲がいいんだって教えてやったら、自分の考えをぜんぶ諦めはじめた。
あのひと、トムのことはよく知らないのよ。デイジーの名前を一目見ようとシカゴの新聞を何年も読んでいたそうなんだけど」
 あたりが暗くなっていた。ぼくらを乗せた馬車が小さな陸橋の影に入ったところで、ぼくはジョーダンの黄金色の肩に腕をまわし、自分のほうに引き寄せ、夕食にさそった。
気がつくと、頭の中からはデイジーのこともギャツビーのことも消えうせ、ただ、潔癖で手厳しくて料簡《りょうけん》が狭くて、この世の何事をも懐疑的にとらえる癖のある、ぼくの腕の中で肩を反《そ》らす人物のことだけを考えていた。
「世の中にいるのは、追う者、追われる者、忙しい者、そしてくたびれた者、ただそれだけだ」という激しく興奮した声が頭の奥で響きはじめた。
「デイジーの人生にだって何事かがあって当然じゃない?」
「デイジーもギャツビーに会いたがってるわけ?」
「あのひとはなにも知らないの。
ギャツビーは知られたくないらしくて。
あなたがデイジーをお茶に招いてくれればって、ただそれだけを思ってる」
 黒々として視界をさえぎる木立を通りすぎる。青白い光の塊と化した五十九番街の正面が、公園をひそやかに照らしあげていた。
ギャツビーやトム・ブキャナンとは違い、ぼくは看板や広告に浮かんでいるような実体のない顔だけの女とは縁がなかったから、ぼくは、ぼくのかたわらにいる女、ぼくの腕をとらえてはなさない女を抱きよせた。
その色の悪い、軽蔑をたたえた口元がほころんだ。だからぼくはもう一度彼女を抱きよせた。今度は前よりもっとそばにと。
 
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