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The Great Gatsby 華麗なるギャツビー

Chapter4-5

Francis Scott Fitzgerald F・スコット・フィッツジェラルド
AOZORA BUNKO 青空文庫
 あれは一九一七年の十月のこと――
(あの日の午後、プラザ・ホテルのティーガーデンの椅子に背すじを伸ばして座ったジョーダン・ベイカーはそう語りだした)
 ――わたしはあちこち、歩道と芝生を行ったりきたりしていた。
芝生を歩くのはイギリス製のゴム底の靴が柔らかい地面にめりこむみたいですごく気持ちよかった。
真新しいチェックのスカートをはいてたんだけど、それがときどきそよかぜにはためいてた。風がくるといつでもね、家という家の門前に掲げられた赤・白・青の旗が、立ち向かうむたいにばさばさばさばさいってたっけ。
 なかでも、デイジー・フェイの家の旗がいちばん大きかったし、芝生もいちばん広かった。
あのひとは十八になったばかり、わたしより二つ年上でね。それに、ルイビルにいた女の子の中ではずば抜けて有名だった。
白いドレスを着て、白いロードスターを持ってて、あのひとの家にはキャンプ・テイラーの若い将校たちからの、その晩にあのひとを独占する特権をくれっていう興奮した電話がひっきりなしにかかってきてた。
「とにかく、一時間だけでも!」ってね。
 わたしがあのひとの家のお向かいにやってきた朝のことなんだけど、あのひとの白いロードスターがカーブのそばに停まってて、中にはあのひとと、それまで見たこともなかった中尉《ちゅうい》さんとが座ってた。
二人はお互いにひどく夢中でね、あと二メートルっていうところまで近づいてはじめてわたしに気づいたくらい。
「こんにちは、ジョーダン」と意外にもあのひとから呼びかけてきたんだ。「ねえ、ちょっとこっちにきて」
 あのひとがわたしと話をしたがってると知って、わたしは得意になった。だってわたし、年上の女のひとの中でもあのひとのことをいちばん敬愛してたんだもの。
あのひと、赤十字に包帯作りに行くのかって聞いた。
もちろん。じゃあね、今日はわたし行けないって伝えといてくれる? 
将校さんはデイジーがしゃべってる間ずっとデイジーを見つめた。若い女の子ならだれだっていつかきっとわたしにもってあこがれるような見つめ方でね。ロマンティックだなって思って、それでそのときのことをずっと覚えてたってわけ。
将校さんの名前はジェイ・ギャツビーっていった。でもそれを最後に四年間ずっと見かけなかった――それで、ロング・アイランドであのひとと出会った後でさえ、このひととあのひとが同一人物だとは気づきもしなかったのよ。
 それが一九一七年。
その次の年にはわたしもすこしは男友達を作るようになって、トーナメントにもでるようになったから、デイジーにはあんまり会えなくなった。
あのひとはすこし年上の人たちと出かけてたのよ――だれかと一緒に出かけるときはね。
デイジーの周りには無茶苦茶な噂が飛び交ってた――あのひとが、ある冬の夜、ニューヨークに行ってこれから海外に行く軍人さんにお別れを言おうと荷物をまとめてるところを母親に見つかったって噂。
結局それには横槍《よこやり》が入ったんだけど、数週間は家の人とまったく口を利かなかったらしいのね。
それからのあのひとは軍人さんたちと遊びまわるようなことはもうしなくなって、相手にするのはただ街に残ってる偏平足《へんぺいそく》に近眼《きんがん》といったほんわずかな若者だけになってた。軍隊には入れっこないような連中よ。
 次の秋にはあのひともまた遊びまわるようになった。以前と同じようにね。
休戦後社交界にデビューして、二月にはたしかニュー・オリンズ出身の男と婚約したんじゃなかったかな。
六月にはシカゴのトム・ブキャナンと結婚、そのお祝い騒ぎときたらルイビルはじまって以来の盛大さでね。
花婿さんは百人もの人たちを四台の自家用車で連れてきて、ミュールバッハ・ホテルのフロアを一階分全部借り切って、しかも結婚式の前日には三十五万ドルの真珠《しんじゅ》の首飾りを花嫁に贈ったりしてさ。
 わたしが花嫁の付き添いだった。
ブライダルディナーの三十分前にあのひとの部屋に行ってみたら、あのひと、花柄のドレスを着くずしたしどけない格好でベッドに横たわってた――へべれけに酔っ払ってね。
片手にソーテルヌのボトル、反対側の手には手紙を一通にぎりしめてた。
「お祝いしてよ」ってあのひとはつぶやくように言った。
「いままでお酒なんて飲んだことなかったけど、ああ、すごくいい気持ち」
「どうしたのよ、デイジー?」 わたしは正直言っておびえてた。あんなになった若い女を見たことなかったんだもの。
「ねえあなた」あのひとはベッドの側に寄せてあったごみ箱をひっかきまわして真珠の首飾りを引っぱりだした。
「これを持って下に降りてって、だれでもいいから持ち主のところに返すように言ってきて。
デイジーは気が変わったからって。
ちゃんと言うのよ、『デイジーは気が変わりました』って!」
 あのひとは泣きだした――泣いて泣いてもう手がつけられなかった。
わたしは部屋を飛び出してあのひとのお母さんのメイドを捕まえてきて、ドアをロックしてから二人がかりで水浴びをさせた。
あのひとは手紙を離そうとしなかった。そのまま浴槽につかったものだから湿ってぼろぼろに丸まってしまってね、結局雪みたいな破片になってしまったのを見てやっと離してくれたから、わたしはそれを石鹸箱にしまわせてもらったんだ。
 でもそれ以上はもうごねたりしなかった。
わたしたちはアンモニアをかがせたり、額《ひたい》に氷を乗せてやったり、ドレスの背中のホックを留めてやったりして、それで三十分後、三人そろって部屋を出たときは、真珠の首飾りもあのひとの胸元に収まって事は終わった。
翌日五時にはトム・ブキャナンと身震い一つせずに結婚、南洋に向けて三ヶ月の旅行に出発。
 こっちにもどってきたあのひとたちとはサンタ・バーバラで再会した。あのひとほど結婚相手に夢中な女なんて見たことないと思った。
トムがちょっと席を外しただけでデイジーはあたりを不安そうに見まわして、「トムはどこにいったの?」なんて言って、トムがもどってくるまでの間ひどくぼんやりしてるのよ。
トムに膝枕をしてあげたりして何時間と砂地に座ってたりもしてた。トムのまぶたを指でなぞり、喜びこの上ない様子で見つめながら。
二人を見てるといかにもいじらしかったな――ほんともう、おかしくって笑い声を抑えるのがたいへんだったんだから。
それが八月。わたしがサンタ・バーバラを出てから一週間後のある晩、トムは、ベンチュラ道路でワゴンと事故って、自分の車の前輪をひとつもぎとられた。
それで一緒に乗ってた娘さんまで新聞に出ちゃったの、その娘の腕が折れてたからなんだけどね――しかもそれが、サンタ・バーバラ・ホテルのルームメイドのひとりで。
 次の四月には女の子が生まれもした。それから一年間、家族そろってフランスで過ごした。
 
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