HOMEAOZORA BUNKOThe Great Gatsby

ホーム青空文庫華麗なるギャツビー

※本文をクリック(タップ)するとその文章の音声を聴くことができます。
  右上スイッチを「連続」にすると、その部分から終わりまで続けて聴くことができます。
で日本語訳を表示します。
※ "PlayBackRate" で再生速度を調節できます。

The Great Gatsby 華麗なるギャツビー

Chapter4-4

Francis Scott Fitzgerald F・スコット・フィッツジェラルド
AOZORA BUNKO 青空文庫
「電話せにゃならんかったんだな」とミスター・ウルフシェイムが眼でギャツビーの姿を追いながら言った。
「立派なやつだよ、そう思わんか? 顔立ちもいいし、非のうちどころのない紳士だし」
「そうですね」
「あれはオグスフォード出でな」
「ほう!」
「イギリスのオグスフォード・カレッジに行っておったんだよ。知っとるかな、オグスフォード・カレッジは?」
「聞いたことはありますね」
「世界でいちばん有名なカレッジのひとつだ」
「ギャツビーのことはずいぶん前からご存知《ぞんじ》で?」とぼくは訊ねた。
「数年前からだな」かれはうれしそうに言った。
「知りあう機会に恵《めぐ》まれたのは戦争後のことだからな。だが、一時間も話さんうちにこれは育ちの立派な男を見つけたもんだと気づいたよ。
わしは誰に聞かせるでもなく呟いた。『これはぜひ家に連れて帰っておふくろや妹にぜひ紹介してやりたいような人間だ』」
ここでかれは言葉を切った。「ほう、わしのカフスボタンが気にかかると見える」
 ぼくはべつに気にかけてもいなかったけど、改めてそれを見つめた。
どこか不思議と見なれた感じのする意匠の象牙《ぞうげ》細工だ。
「人間の奥歯そっくりにしてある」とぼくに教える。
「ふむ!」ぼくはそれをじっくりと眺めてみた。「これは面白いアイディアですね」
「だろう」とかれは言って、袖《そで》をめくってコートの下に隠した。
「そうそう、ギャツビーは女にはひどく注意深くてな。
友達の奥さんをじっと見つめるような真似は絶対にせん」
 この本能的な信頼の対象がもどってきてテーブルにつくと、ミスター・ウルフシェイムはコーヒーをがぶりと飲み干して立ちあがった。
「結構なランチだった」とかれは言った。「好意に甘えて長居しすぎる前に、お若いのを二人残して退散するとしよう」
「もっとゆっくりなさっては、メイヤー」とギャツビーは言ったが、熱のこもった言い方ではなかった。
ミスター・ウルフシェイムは祈祷《きとう》でもはじめるみたいな格好で右手をあげた。
「礼儀正しいことだ。だがわしは世代が違う」とかれは重々しく告げた。
「さあ、この席で意見を交わすといい。話すことはいろいろあろうさ、仲のいい連中のこととか若いご婦人方のこととか――」
かれは手を振ることでその続きをはしょった。
「わしのほうはといえばもう五十だ、あんたたちの間に割って入ろうとはもう思わんよ」
 ぼくらと握手して去って行ったかれの鼻は悲しみをたたえて震えていた。
ぼくはなにかかれを傷つけるようなことを言ってしまったのではないかと思案した。
「あの人は時々ひどく感傷的になるのですよ」と、ギャツビーは説明した。
「今日も感傷的になっていました。
ニューヨーク周辺ではかなり名を知られた男です――ブロードウェイの住人でしてね」
「どういう人です? 俳優?」
「いいえ」
「歯医者?」
「メイヤー・ウルフシェイムが? いえいえ、博打《ばくち》うちですよ」
ギャツビーは一瞬ためらい、そっけなく付け加えた。「一九一九年のワールドシリーズに八百長《やおちょう》をしかけた男です」
「ワールドシリーズに八百長を?」
 その話にぼくはたじろいだ。
もちろん、一九一九年のワールドシリーズが八百長試合だったのは覚えていたけれど、あまり深く考えてみたことはなかった。かりに考えてみたとしても、ただ何か不可避の事情が連なったその結果としてそうなってしまったのだとしか思えなかっただろう。
一人の男がそんな勝負にでるなんて、ぼくには到底《とうてい》思いつけそうになかった――金庫破りを敢行する夜盗《やとう》のような無頼心《ぶらいしん》が、五千万のファンの信頼の向こうを張るなんて。
「それはまたどうやってそんなことを?」ぼくはしばらくたってから尋ねた。
「機を見てやっただけのことですよ」
「どうして刑務所に入ってないんです?」
「捕まえられないんですよ、尊公。抜け目のない男ですからね」
 ぼくは自分が勘定《かんじょう》をもつと言いはった。
ウェイターが釣銭《つりせん》を持ってもどってきたとき、混みあった部屋の向こうにトム・ブキャナンがいるのが見えた。
「ちょっと一緒にきてもらっていいですか?」とぼく。「挨拶していきたいひとがいるんです」
 ぼくらを目にしたトムは飛びあがるように席を立ち、ぼくらの方へと六歩ほど足を進めた。
「きみはどこにいたんだ?」と勢いこんで問い詰めてきた。
「デイジーはきみが電話をよこさないんでひどくおかんむりだぜ」
「こちらはミスター・ギャツビー、ミスター・ブキャナン」
 二人は淡白《たんぱく》に握手した。張り詰めた見なれない色が、ギャツビーの困惑した顔に浮かんでいた。
「それはともかく、どういうわけでここにいるんだ?」とトムがぼくの答えを求める。
「いったい何があったっていうんだよ、こんな遠くまで食事にくるなんて?」
「ミスター・ギャツビーとランチをね」
 ぼくはギャツビーのほうに向き直ったが、もうそこにかれの姿はなかった。
 
Copyright (C) Francis Scott Fitzgerald, Kareha
主な掲載作品
Sherlock Holmes Collection
The Adventure Of The Copper Beeches ぶな屋敷 NEW!!
The Adventure Of The Beryl Coronet 緑柱石の宝冠 NEW!!
The Adventure Of The Noble Bachelor 独身の貴族 NEW!
The Adventure Of The Engineer's Thumb 技師の親指 NEW!
The Boscombe Valley Mystery ボスコム渓谷の惨劇 NEW!
The Sign of the Four 四つの署名 NEW!
The Reigate Puzzle ライゲートの大地主
The Crooked Man 背中の曲がった男
The Adventure Of Charles Augustus Milverton チャールズ・オーガスタス・ミルヴァートン
Silver Blaze 白銀の失踪
The Adventure Of The Solitary Cyclist 孤独な自転車乗り
The Gloria Scott グロリア・スコット号
The Yellow Face 黄色い顔
The Resident Patient 入院患者
The Adventure Of The Sussex Vampire サセックスの吸血鬼
The Stock-Broker's Clerk 株式仲買人
The Adventure Of The Three Students 三人の学生
The Adventure Of The Norwood Builder ノーウッドの建築家
The Adventure of the Devil's Foot 悪魔の足
A Case Of Identity 花婿失踪事件
The Man With The Twisted Lip 唇のねじれた男
The Five Orange Pips オレンジの種五つ
A Study In Scarlet 緋色の研究
The Adventure Of The Empty House 空き家の冒険
The Adventure Of The Dying Detective 瀕死の探偵
The Adventure Of The Blue Carbuncle 青い紅玉
The Adventure Of The Dancing Men 踊る人形
The Adventure Of The Speckled Band まだらのひも
A Scandal In Bohemia ボヘミアの醜聞
The Red-Headed League 赤毛組合
QRコード
スマホでも同じレイアウトで読むことができます。
主な掲載作品
Sherlock Holmes Collection