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The Great Gatsby 華麗なるギャツビー
Chapter4-4
Francis Scott Fitzgerald F・スコット・フィッツジェラルド
AOZORA BUNKO 青空文庫
「電話せにゃならんかったんだな」とミスター・ウルフシェイムが眼でギャツビーの姿を追いながら言った。
「立派なやつだよ、そう思わんか? 顔立ちもいいし、非のうちどころのない紳士だし」
「イギリスのオグスフォード・カレッジに行っておったんだよ。知っとるかな、オグスフォード・カレッジは?」
「ギャツビーのことはずいぶん前からご存知《ぞんじ》で?」とぼくは訊ねた。
「知りあう機会に恵《めぐ》まれたのは戦争後のことだからな。だが、一時間も話さんうちにこれは育ちの立派な男を見つけたもんだと気づいたよ。
わしは誰に聞かせるでもなく呟いた。『これはぜひ家に連れて帰っておふくろや妹にぜひ紹介してやりたいような人間だ』」
ここでかれは言葉を切った。「ほう、わしのカフスボタンが気にかかると見える」
ぼくはべつに気にかけてもいなかったけど、改めてそれを見つめた。
どこか不思議と見なれた感じのする意匠の象牙《ぞうげ》細工だ。
「ふむ!」ぼくはそれをじっくりと眺めてみた。「これは面白いアイディアですね」
「だろう」とかれは言って、袖《そで》をめくってコートの下に隠した。
「そうそう、ギャツビーは女にはひどく注意深くてな。
友達の奥さんをじっと見つめるような真似は絶対にせん」
この本能的な信頼の対象がもどってきてテーブルにつくと、ミスター・ウルフシェイムはコーヒーをがぶりと飲み干して立ちあがった。
「結構なランチだった」とかれは言った。「好意に甘えて長居しすぎる前に、お若いのを二人残して退散するとしよう」
「もっとゆっくりなさっては、メイヤー」とギャツビーは言ったが、熱のこもった言い方ではなかった。
ミスター・ウルフシェイムは祈祷《きとう》でもはじめるみたいな格好で右手をあげた。
「礼儀正しいことだ。だがわしは世代が違う」とかれは重々しく告げた。
「さあ、この席で意見を交わすといい。話すことはいろいろあろうさ、仲のいい連中のこととか若いご婦人方のこととか――」
「わしのほうはといえばもう五十だ、あんたたちの間に割って入ろうとはもう思わんよ」
ぼくらと握手して去って行ったかれの鼻は悲しみをたたえて震えていた。
ぼくはなにかかれを傷つけるようなことを言ってしまったのではないかと思案した。
「あの人は時々ひどく感傷的になるのですよ」と、ギャツビーは説明した。
ニューヨーク周辺ではかなり名を知られた男です――ブロードウェイの住人でしてね」
「メイヤー・ウルフシェイムが? いえいえ、博打《ばくち》うちですよ」
ギャツビーは一瞬ためらい、そっけなく付け加えた。「一九一九年のワールドシリーズに八百長《やおちょう》をしかけた男です」
もちろん、一九一九年のワールドシリーズが八百長試合だったのは覚えていたけれど、あまり深く考えてみたことはなかった。かりに考えてみたとしても、ただ何か不可避の事情が連なったその結果としてそうなってしまったのだとしか思えなかっただろう。
一人の男がそんな勝負にでるなんて、ぼくには到底《とうてい》思いつけそうになかった――金庫破りを敢行する夜盗《やとう》のような無頼心《ぶらいしん》が、五千万のファンの信頼の向こうを張るなんて。
「それはまたどうやってそんなことを?」ぼくはしばらくたってから尋ねた。
「捕まえられないんですよ、尊公。抜け目のない男ですからね」
ぼくは自分が勘定《かんじょう》をもつと言いはった。
ウェイターが釣銭《つりせん》を持ってもどってきたとき、混みあった部屋の向こうにトム・ブキャナンがいるのが見えた。
「ちょっと一緒にきてもらっていいですか?」とぼく。「挨拶していきたいひとがいるんです」
ぼくらを目にしたトムは飛びあがるように席を立ち、ぼくらの方へと六歩ほど足を進めた。
「きみはどこにいたんだ?」と勢いこんで問い詰めてきた。
「デイジーはきみが電話をよこさないんでひどくおかんむりだぜ」
「こちらはミスター・ギャツビー、ミスター・ブキャナン」
二人は淡白《たんぱく》に握手した。張り詰めた見なれない色が、ギャツビーの困惑した顔に浮かんでいた。
「それはともかく、どういうわけでここにいるんだ?」とトムがぼくの答えを求める。
「いったい何があったっていうんだよ、こんな遠くまで食事にくるなんて?」
ぼくはギャツビーのほうに向き直ったが、もうそこにかれの姿はなかった。
Copyright (C) Francis Scott Fitzgerald, Kareha