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The Great Gatsby 華麗なるギャツビー

Chapter4-3

Francis Scott Fitzgerald F・スコット・フィッツジェラルド
AOZORA BUNKO 青空文庫
 大橋の向こう、梁《はり》の影に見え隠れする、過ぎ行く車がきらめかせる陽の光。河の向こう岸にそそり立つのは、角砂糖のような白亜のビルディング。どれも、願いよ叶えと浄財《じょうざい》を積み、築きあげられたのだ。
クイーンズボロー橋から眺める街はいつだってはじめて見る街のように新鮮だった。そこにあったのは、全世界の神秘と美麗《びれい》がはじめて野合《やごう》した姿だったからだ。
 華を盛大に手向《たむ》けられた霊柩車《れいきゅうしゃ》に乗って、死者がぼくらのそばを通りすぎた。二台のブラインドを引いた車がそれを追い、そこに故人の友人たちを乗せた、先行車と比較すれば陽気な車が続く。
かれらは悲しみをたたえた目でぼくらを見ていた。鼻と唇の間の短さからして東南ヨーロッパ系らしい。ぼくはかれらのために喜んだ。気が滅入るような休日にギャツビーの豪華な車を目にできたのだから。
ブラックウェルズ・アイランド通過中には一台のリムジンがぼくらを追いこしていった。白人の運転手と、流行かぶれの黒人が男二人に娘一人の合計三人乗っていた。
かれらがライバル意識むきだしでぎょろりとにらみつけてくるのを見て、ぼくは大声で笑いだした。
「この橋を渡りきったいま、なにが起こっても変じゃない」とぼくは思った。「まったくどんなことが起こったって……」
 ギャツビーのような男が出てきてもなお、そこにはなんの不思議もなかった。
 狂乱の正午。換気扇がほどよく回っている四十二番街の地下店舗で、ぼくは昼食の約束をしたギャツビーと合流した。
表通りの眩《まばゆ》さを目をしばたかせて追い出すと、待合室にいるギャツビーの姿がおぼろに浮かびあがった。誰かと話をしている。
「ミスター・キャラウェイ、こちらは私の友人で、ミスター・ウルフシェイムです」
 小柄な、鼻のひしゃげたユダヤ人が大きな頭をもたげて、両の鼻腔《びこう》を盛大に飾る鼻毛の束をぼくに向けた。
その後で、薄暗がりの中に小さな瞳を発見した。
「――そこでわしはあいつをひとにらみしてだな」とミスター・ウルフシェイムは、ぼくの手を力強く握りつつ、言った。「なんと言ってやったと思う?」
「え?」ぼくは礼儀正しく訊ねた。
 が、明らかにかれはぼくを相手に話をしているのではなかった。ぼくの手を離すとすぐにその特色ある鼻をギャツビーにつきつけたから。
「あの銭をカッツポーに握らせて、言ってやったのさ。『おうよ、カッツポー、やつが口を閉じるまで一ペニーたりとも払ってやるな』ってな。するとやつはその場で口を閉じやがったよ」
 ギャツビーはぼくらを両脇に抱えるようにしてレストランの中に移動した。するとミスター・ウルフシェイムは言い出しかけた言葉を飲みこみ、びっくりしたようすで、放心状態にある夢遊病患者みたいにふらふらと中に入った。
「みなさんハイボールで?」とヘッドウェイターが聞く。
「結構なレストランだな」とミスター・ウルフシェイムは言った。天井に描かれた長老主義《プレスビテリアン》風の乙女《ニンフ》たちを見上げながら。
「ま、わしは向かいの店のほうが好きだがね!」
「そう、ハイボールを」とギャツビーがうなずく。それからミスター・ウルフシェイムに向かって「向かいは暑すぎますから」
「暑いし狭い――そのとおり」とミスター・ウルフシェイムが言った。「だが思い出でいっぱいだ」
「どこのことです?」とぼくは尋ねた。
「あの古ぼけたメトロポールですよ」
「あの古ぼけたメトロポール」ミスター・ウルフシェイムは沈んだようすで言った。
「死んでいなくなった連中の顔がぎっしり詰まってる。いまはもう二度と帰らない友だちがぎっしり詰まってる。
あの日、ロージー・ローゼンタールが撃たれた夜のことは死ぬまで忘れられそうにない。
わしらのテーブルには六人いてな、ロージーは一晩中飲み食いしてやがった。
朝まであとすこしって時分だったな、妙な顔をしたウェイターがロージーのところにやってきて外で待ってる人がいるなんて言った。
『わかった』ってロージーは言ってな、立ちあがろうとしたもんだからわしはあいつをひっぱって椅子に座らせた。
「『ほっとけ、あのチンピラどもが本当におまえに会いたいんなら中まで入ってくるだろうさ。だがな、いいか、絶対におまえのほうからこの部屋の外に出ちゃいかん』
「時刻は朝の四時だったな。もしブラインドを開けてみたら、夜明けの光が射しこんできたろうな」
「かれは出たんですか?」ぼくは無邪気《むじゃき》に聞いた。
「ああ、そうとも」ミスター・ウルフシェイムの鼻がぼくに向けられ憤然《ふんぜん》と膨らんだ。
「あいつはドアのところで振りかえって言った。『あのウェイターにおれのコーヒーを片付けさせるなよ!』
それから歩道に出ていったところで連中はやつのどてっぱらに三発ぶちこんで車で逃げていきやがったんだ」
「四人は電気椅子行きでしたね」とぼくは思い出して言った。
「五人だ、ベッカーをいれて」
かれはぼくに気をひかれたように鼻を向けてきた。
「あんた、ビジネスのゴネグションを探してるんだったな」
 そのふたつの発言はあまりにも脈絡《みゃくらく》がなくて、ぼくはまごついてしまった。
そおなぼくに代わってギャツビーが答える。「いや違う、それはこの人じゃない」
「違うのか?」ミスター・ウルフシェイムはがっかりしたようすだ。
「こちらはただの友達ですよ。その件はまた別の機会に話し合うことにしておいたじゃありませんか」
「失礼」とミスター・ウルフシェイム。「人違いをした」
 汁気たっぷりの細切れ肉野菜料理が運ばれてきた。ミスター・ウルフシェイムは古ぼけたメトロポールを想《おも》う感傷的な雰囲気はどこへやら、とんでもなく無作法にぱくつきはじめた。
口を動かしながら、ゆっくりと部屋を三百六十度眺めわたす――その動きを、体をひねって真後ろの人々を見やることで終える。
たぶん、ぼくさえいなければ、ぼくらのテーブルの下も一目見ておこうとしたのではなかろうか。
「ところでですね、尊公」とギャツビーがぼくのほうに身を乗り出しつつ言った。「今朝のドライブ中、私は多少尊公を怒らせてしまったのではないでしょうか」
 そこには例によってあの微笑が浮かんでいたけれども、今度ばかりはぼくもその魅力《みりょく》にひきこまれなかった。
「秘密めいたやりくちは好きじゃないですからね。
それに、どうして直接頼みごとをおっしゃってくれないのか、理解に苦しみます。
どうしてなにもかもをミス・ベイカー経由でやろうとするんです?」
「ああ、別にやましいことがある訳ではないのです」とぼくを安心させようとする。
「ミス・ベイカーは立派なスポーツ選手です。ですから、胸を張って言えないようなことをあの人がなさる筈はありません」
 ふとギャツビーは自分の懐中時計を確かめると、慌てて椅子から立ちあがり、テーブルにぼくとミスター・ウルフシェイムを取り残していく形で、部屋を飛び出していった。
 
Copyright (C) Francis Scott Fitzgerald, Kareha
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