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The Great Gatsby 華麗なるギャツビー
Chapter4-2
Francis Scott Fitzgerald F・スコット・フィッツジェラルド
AOZORA BUNKO 青空文庫
一瞬、ぼくはかつがれようとしているのではないかと思ったものの、横目でかれを見てみると、どうもそのようには思えない。
「それから私は若いラジャのような暮らしをヨーロッパの各都市で送りました――パリ、ベニス、ローマ――宝石、主にルビーを集め、猛獣《もうじゅう》を狩り、人に見せるようなものではありませんが、絵を描いてみたりもしました。そうやって、遠い昔のとても悲しい出来事を忘れようとしてきたのです」
ぼくは不信の笑いを必死の思いでなんとかこらえた。一語一句がどろどろに手垢《てあか》まみれで、そこから思い起こされるのは、せいぜい、ターバンを巻いた「キャラクター」がブーローニュの森で虎を追いまわしながら、ことあるごとに馬脚《ばきゃく》をあらわすといったイメージくらいのものだった。
私は大変に安堵《あんど》し、早速《さっそく》死に場所を求めて回りましたが、どうやら私の命には魔法がかかっていたらしい。
アルゴンヌの森で私は、突出してしまった機関銃部隊の指揮を任せられました。どちら側にも半マイルに渡って敵が押し寄せていて、歩兵部隊による救出ができなかったのです。
私の部隊はそこで二日二晩奮闘しました。百三十名の兵士と十六丁のルイス式|軽機関銃《マシンガン》。ようやく歩兵部隊がたどりついたときは、山と折り重なった死体がつけていたドイツ軍の記章は三師団にも及んでいました。
私は少佐《しょうさ》に昇進し、連合国は争って勲章《くんしょう》をくれました――モンテネグロさえも、アドリア海のちっぽけなモンテネグロも!」
ちっぽけなモンテネグロ! かれは宙に浮かべられたその言葉に向かってうなずいてみせた――例のようにほほえみながら。
そのほほえみにはモンテネグロの多難な歴史への理解があり、モンテネグロの人々による奮闘への同情があった。
そしてモンテネグロの温かい心づくしから与えられた記念品を引き出した国際情勢の連鎖への感謝にあふれていた。
そのあまりの魅力にぼくの不信はなりをひそめた。ずらりと並んだ雑誌をあわただしく拾い読みしているような感じだった。
かれはポケットに手を入れてリボンをつまみだした。その先にぶらさがっていた金属片を、ぼくの手のひらに載せる。
'Orederi di Danilo' と縁に沿って円く刻まれている。'Montenegro, Nicolas Rex'.
「ジェイ・ギャツビー少佐」とぼくは読み上げた。「その比類なき武勇に」
学寮の中庭で撮ったものでしてね――私の左手に写っているのが、いまのドンカスター伯爵です」
それは一葉の写真で、六人の若者がアーチ道にたむろしていた。歩道の向こうには尖塔が見える。
ギャツビーもいた。いまより大幅にとはいえないまでも若干若い――手にはクリケットのバットを握っている。
ぼくはグランド・キャナルに建てられたかれの宮殿に赤々とした虎の革が敷かれているのを見た。そしてかれがルビーの小箱を開け、そこに深々とたたえられた深紅の光をもって、打ちひしがれた心を癒さんとするところを見た。
「私は今日、大切なお願いをするつもりです」かれは思い出の品々を満足げにポケットにしまいながら言った。「ですから、私のことを多少とも知っておいて頂くべきだと思いました。
どこぞの馬の骨などとは思って頂きたくなかったのです。
お分かりでしょうが、常日頃《つねひごろ》から私の周囲にいるのは他人ばかりです。私は三年もの間私の身に起きた悲しい出来事を忘れるため、あちこちをさすらっていたものですから」
「それについては今日の午後お聞きになることと思いますが」
あなたがミス・ベイカーをお茶に招かれたことを偶然耳にしまして」
「つまり、あなたがミス・ベイカーの恋人なのだと?」
ですが、ミス・ベイカーが、この問題をあなたにお話する役割を引き受けて下さいましたから」
ぼくには「この問題」がどういう問題なのかさっぱり分からなかったが、だからといって興味を引かれたというわけではなく、むしろ苛立ちが先行した。
ぼくはミスター・ジェイ・ギャツビーを論じあうためにジョーダンをお茶に呼んだのではない。
ぼくはそのお願いとやらがなにか突拍子《とっぴょうし》もないことにちがいないと確信し、しばらく、かれの人口過多な芝生に足を踏みいれてしまったことを悔いた。
町に近づくにつれ、自分の計画の正しさに自信をつけていったようだ。
ポート・ルーズベルトを通りすぎる。赤帯の外洋船が見えた。がたがた道をスピードをあげながら疾走する。道沿いには、一九〇〇年代の残影というべき薄暗い酒場が、見捨てられもせずに軒《のき》を並べていた。
それから、灰の谷がぼくらの左右に開けてきた。そうして走るうちに、息を切らして威勢良くガソリン・ポンプを操るミセス・ウィルソンの姿が垣間《かいま》見えた。
フェンダーを翼のように広げ、ぼくらは光を撒き散らしつつアストリアに至るなかばまで車を走らせた――なかばというのは、高架柱を縫うように進むうちに、耳に馴染《なじ》んだ「ドッ、ドッ、ブオン!」がぼくの耳に飛びこんできたからだ。一人の警官がバイクで飛ばしてきて、ぼくらの車に横づけした。
「大丈夫ですよ、尊公」とギャツビーは声を張り上げた。減速する。
財布からとりだした白いカードを、警官の目の前でひらひらと振ってみせた。
「次回はお見それしません、ミスター・ギャツビー。失礼しました!」
「なんです、それ?」とぼくは尋ねた。「さっきのオックスフォードの写真?」
「以前にお偉い方に力を貸して差し上げたことがありましてね。毎年クリスマス・カードを頂くのです」
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