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The Great Gatsby 華麗なるギャツビー

Chapter7-2

Francis Scott Fitzgerald F・スコット・フィッツジェラルド
AOZORA BUNKO 青空文庫
ホールから聞こえてくる声が苛立ちを含んで調子を高める。「じゃあいい。結局のところ、あの車はおまえに売らないことにする……是が非でもおまえに売らなきゃならんという義理があるわけじゃあないからな……こんなことでランチの邪魔をしてくれたんだ、一切我慢してやるものか!」
「受話器を置いての一人芝居よ」とデイジーが皮肉った。
「いや、そうじゃない」とぼくはデイジーに向かって言った。「あれは正真正銘《しょうしんしょうめい》の取引なんだ。たまたま知ってるんだけどね」
 トムが部屋の扉を大きく開き、少しの間、戸口に立ちふさがった。それからあわただしく室内に入ってくる。
「ミスター・ギャツビー!」かれは嫌悪をうまいこと隠しながら厚ぼったいてのひらをギャツビーにさしだした。
「ようこそお越しくださいました。……ニックも……」
「冷たい飲み物を作ってきてよ」とデイジーが叫んだ。
 トムが部屋を出たところで、デイジーは立ち上がってギャツビーのそばに行き、かれの顔を下に引き寄せ、唇を重ねた。
「そうよ、わたし、あなたのこと愛してる」とつぶやくように言う。
「レディの前ってことを忘れてるんじゃない?」とジョーダンが言った。
 デイジーは疑わしげにあたりを見わたした。
「あなたもニックにキスしたら?」
「そんなはしたないことを言うもんじゃありません!」
「知ったことですか!」と言うと、デイジーは暖炉《だんろ》の煉瓦《れんが》の上でクロッグダンスをはじめた。
それからこの暑さを思いだしてばつが悪そうに寝椅子に座りなおしたところ、そこにちょうど、こざっぱりとした身なりの子守女が、小さな女の子を伴って部屋に入ってきた。
「よしよし、いい子ね」とデイジーは口ずさむように言いながら、両腕をさしのばした。
「おいで、あなたを愛するママのところに」
 その子は子守女の手を離すと、一気に部屋を横切り、気恥ずかしそうに母親のドレスにすがりついた。
「よしよし、いい子いい子! 黄色い髪にママの白粉《おしろい》がくっつかなかった? ほら、しゃんと立って、はじめましてって言ってごらん」
 ギャツビーとぼくは身をかがめて、しぶしぶ差し出されてきた小さな手を握った。
握手がすむと、ギャツビーはその子をひどく意外そうに見つめていた。それまで、子供の存在などまったく念頭になかったのだと思う。
「わたし、ランチの前に服を替えたの」と、その子はすぐにデイジーのほうに向き直って言った。
「それはね、ママがあなたをみんなに見せたかったからよ」
と言って、皺が一筋走っている小さな首に顔を埋めた。
「あなたは夢よ。何にも替えがたいちっちゃな夢」
「うん」と母親の言葉を落ちついて受け入れる。
「ジョーダンおばさまも白いドレスに着替えたの」
「ママのお友達のこと、気に入ってくれた?」デイジーは周囲を見まわし、その結果、ギャツビーと顔を見合わせることになった。
「立派なひとたちだと思わない?」
「パパはどこ?」
「この子、父親には似てないのよ」とデイジーが説明する。「わたしに似てる。髪の色も、顔かたちもわたし譲りね」
 デイジーは寝椅子に座り直した。
子守女が前に一歩踏み出し、手を差し出した。
「いきましょう、パミーお嬢さま」
「バイバイ、いい子にしてるのよ!」
 一度、後ろ髪引かれるような眼差しで振りかえると、その子は聞き分けよく子守女に手を引かれ、部屋から出て行った。そこにトムが入ってきた。その背後に、目いっぱいの氷がからからと音を立てている、四杯のジン・リッキー。
 ギャツビーが自分の分のグラスをとりあげた。
「これは確かに涼しそうですね」と緊張の色もあらわに言う。
 ぼくらはごくごくと一息に飲みほした。
「どこで読んだか忘れてしまったが、太陽は年々熱くなってるらしいな」と、トムが陽気に言った。
「そのうち地球はそのうち太陽に飲みこまれて――いや、ちょっと待て――反対だ――太陽は年々冷たくなってるんだ」
 それからギャツビーに向かって提案する。「外においでになりませんか、見ていただきたいところがありまして」
 ぼくはかれらと一緒にベランダに出た。
熱気に凪《な》いだ緑色の海峡を、小さな帆船が一隻、見果てぬ海へと、ゆっくり進んでいく。
ギャツビーはちょっとの間それを目で追い、やがて、片手をあげて入江の向こうを指し示した。
「私はあなたがたのちょうど真向かいに住んでおります」
「そうなりますね」
 ぼくらはバラの花壇から熱のこもった芝生へ、そこからさらに海岸沿いに並ぶ、真夏の草深いごみ捨て場へと視線を走らせた。
ゆっくりと、ボートの白いウイングが、青く涼しげな空の最果てへと動いていく。
その先、波々とうねる海原に、天佑明媚《てんゆうめいび》な島々が点在している。
「あれはいい運動になりますよ」とトムはうなずきながら言った。
「一時間ほど楽しんできたいもんだ」
 ぼくらは、熱気払いに暗くされているダイニングルームでランチをとり、どこか神経質な陽気さを振りまきながら、よく冷えたエールを飲み交わした。
「今日の午後はわたしたち、どう過ごそう?」とデイジーの悲鳴に近い声。「それから明日も、これからの三十年間ずっと」
「よしてよ、病《や》んでるっぽいのは」とジョーダン。
「秋になって過ごしやすくなればいつだって新しい日々の再スタートを切れるんだから」
「だってこんなに暑いんだもん」といまにも泣き出しそうなようすだ。「それに、何もかもがこんがらがっちゃって。みんなでニューヨークに行こう!」
 デイジーの声は、熱気の無意味さを、なんとか違う形に叩きなおそうとしていたのだ。
「馬小屋をガレージに仕立てた話は聞いたことがありますが」とトムがギャツビーに言っていた。「ガレージを馬小屋に仕立てたのはぼくが初めてでしょうね」
「ニューヨークに行きたいのはだれ?」デイジーがなおも言っている。
ギャツビーの視線がふとデイジーに向けられた。「ああ」デイジーは叫ぶように言った。「あなた、涼しそうね」
 二人の視線がぶつかり、その場にいるほかの誰をも忘れたかのように、お互いをじっと見つめあう。
 
Copyright (C) Francis Scott Fitzgerald, Kareha
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