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The Great Gatsby 華麗なるギャツビー
Chapter7-3
Francis Scott Fitzgerald F・スコット・フィッツジェラルド
AOZORA BUNKO 青空文庫
デイジーは無理に視線を引き剥がし、テーブルに目を落とした。
「あなたはいつだって涼しそう」と、デイジーはくりかえした。
デイジーはギャツビーに愛を告げていたのだ。トムもそう見た。
口をほんの少し開き、ギャツビーを見やり、それからデイジーをかえりみた。遠い昔に知っていた人物だということにやっと気づいたといった感じで。
「あなた、あの広告の人そっくりね」とデイジーは無邪気に先をつづけた。
「わかった!」とトムが慌てて話に割りこんだ。「いま心底ニューヨークに行きたくなったよ。さあ――みんなで街に出ようぜ!」
かれは立ち上がった。その瞳がギャツビーと自分の妻の間をせわしなく行き来する。誰一人として動かない。
「どうしたんだよ、いったい? 街に行くってんなら、出かけようじゃないか」
自制の努力に震える手でグラスを口元に運び、エールの残りを呷った。
デイジーの声は、ぼくらを捕らえて熱々の砂利道に放り出すことに成功したわけだ。
「いますぐ行こうって言うの?」デイジーは反対した。「このままで? まず、煙草を吸いたい人が吸ってからにしないの?」
「ねえ、楽しくやりましょうよ」とすがるような声。「暑すぎるんだもの、ばたばたするのはいや」
「我侭なんだから」とデイジー。「行こう、ジョーダン」
女たちは二階にあがって出かける準備をはじめた。その間、ぼくら三人の男性陣は、熱い敷石《しきいし》を足元でじゃりじゃりいわせながら、支度《したく》が終わるのを待っていた。
弓なりになった銀色の月がはやくも西の空に浮かんでいた。
ギャツビーが何かを言おうとして口を開いたが、気を変えた。しかし、口を閉じるよりも早く、トムはぐるりとギャツビーに向き直って、その言葉を待つ姿勢になっていた。
「馬小屋があるのはこの界隈ですか?」ギャツビーはなんとかとりつくろった。
「街に行こうだなんて理解できんね」とトムが荒々《あらあら》しい口調《くちょう》で吐き捨てた。
「女の頭の中にはこの手のたわごとがぎっしり詰まってて――」
「なにか飲み物を持っていく?」デイジーが階上の窓から呼びかけた。
「おれがウイスキーを取ってこよう」とトムが返す。それから家の中に入っていった。
ギャツビーが緊張した顔でぼくに向き直った。「ミスター・ブキャナンの家では私からは何も言えません、尊公」
「デイジーの声にはあからさまなところがあるからね」とぼくは述べた。
「あの人の声は金《かね》に満ちているのですよ」と不意にギャツビーが言った。
金に満ちている――すなわち、そこから沸き立ってはそこに落ち入る尽きることのない魅力、その涼しげな鈴めいた音色、そのシンバルのような歌声……高き純白の宮殿に住まう王女、黄金の娘……
トムがタオルに包んだクォート・ボトルを手に家から出てきた。その後ろに、デイジーとジョーダンが続いた。金属的な光沢を放つ小さな帽子を窮屈そうにかぶり、薄手のケープを腕にかけている。
「私の車に全員乗せて行きましょうか」とギャツビーが提案した。
熱しあがった緑色のシートを手で触って確かめる。「日陰に入れておくべきでしたね」
「ギアのシフトは普通のやつですか」と、トムが聞く。
「じゃあ、あなたはぼくのクーペをお使いになって、ぼくにあなたの車を街まで運転させませんか」
「ガソリンが余り入っていないと思うんですが」とかれはトムの提案に反対した。
「ガソリンはたっぷり入ってるじゃないですか」とトムはぶっきらぼうに言った。
ガソリンのゲージを見ている。「もし切れたときはドラッグストアに止めればいいんですし。最近はドラッグストアでなんでも買えますよ」
このどう考えても的を外した発言に、沈黙がつづいた。
デイジーが眉をひそめてトムを見やった。なんともはっきりしない表情、であると同時に、はっきりと見覚えがあり、おぼろながらにもそれとわかる表情が、ギャツビーの顔をよぎった。それはまるで、言葉での描写しか聞いたことのないような表情だった。
「さあデイジー」とトムが、手でデイジーをギャツビーの車のほうに押しやりながら言った。
そう言ってドアを開けたが、デイジーはかれの腕の中から逃れでた。
「あなたはジョーダンとニックを連れていって。クーペでついてくるから」
デイジーはギャツビーに歩み寄り、かれの上着を片手で触った。
ジョーダンとトムとぼくとは、ギャツビーの車の前部座席に乗りこんだ。トムが不慣れなギアを慎重に入れ、ぼくらは耐えがたい熱気の中に飛び出した。後に残された二人は視界から消え去った。
Copyright (C) Francis Scott Fitzgerald, Kareha