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The Great Gatsby 華麗なるギャツビー

Chapter7-6

Francis Scott Fitzgerald F・スコット・フィッツジェラルド
AOZORA BUNKO 青空文庫
「それはさておき、ミスター・ギャツビー、あなたはオックスフォードの卒業生なんでしたね」
「正確にはそうではありません」
「まさか。オックスフォードにお行きになったものと思っていたんですが」
「そうです――オックスフォードに行きましたよ」
 間。それからトムの、不信に満ちた蔑《さげす》むような声。「ビロクシーがニューヘイヴンに行ったのとほぼ同時期に、あなたもオックスフォードに行っておられたんでしょうね」
 さらに間。ウェイターがドアをノックし、砕いたミントと氷を持って入ってきたけれども、かれの「ありがとうございます」と静かにドアを閉める音によっても、沈黙は破られなかった。
とうとう、ことの詳細が明らかにされた。
「行った、と申し上げたはずですが」とギャツビーが言う。
「確かにそうお聞きしましたが、いつのことかを知りたいんですよ」
「一九一九年のことです。五ヶ月だけしかおりませんでした。そういうわけですから、私は自分のことを本物のオックスフォードの卒業生とは言えない訳です」
 トムは周囲を見渡し、自分の不信がぼくらに反映されているかを確かめた。
が、ぼくらはみんなギャツビーに注目していた。
「休戦後、一部の将校にはそういうチャンスが与えられたのですよ」とかれは言葉をつづけた。
「イギリスとフランスのどこの大学にも行かせて貰えたのです」
 ぼくは立っていってかれの背中をぴしゃりと叩いてやりたくなった。
以前にも経験したかれへの完全な信頼が、いま新たに上書きされていたのだ。
 デイジーが立ちあがり、かすかに微笑みながら、テーブルについた。
「ウイスキーを開けてよ、トム」とデイジーが言った。「ミント・ジュレップを作ってあげるから。
そしたらちょっとは頭もすっきりするでしょ……ミントのいいところね!」
「ちょっと待てよ」とトムが噛みつくように言った。「もうひとつ、ミスター・ギャツビーに聞いておきたいことがある」
「どうぞ」と、ギャツビーが慇懃《いんぎん》に応じる。
「あんた、いったいどんな類の騒動を我が家に引き起こそうとしてるんだ?」
 ついにトムの口から飛び出したその発言に、ギャツビーは満足した。
「騒動を起こしてるのはこのひとじゃないでしょう」とデイジーは絶望的にぼくらを順に見渡した。「あなたが騒動の原因じゃないの。お願いだから、ちょっとくらい自制心をもってよ」
「自制心だと!」トムが信じられないといったようすで復唱《ふくしょう》する。
「どうやら、どこぞの馬の骨と自分の妻がいちゃつくのを椅子にもたれて見物するのが最新のやり方ってやつなんだろう。
ふん、もしそういうつもりで言ってるんなら、おれは違うぞ……最近ではどいつもこいつも家族生活とか家族関係とか言うと馬鹿にしやがるが、そのうち何もかもうっちゃって、白人と黒人の雑婚をやりだすに決まってる」
 顔を火照《ほて》らせながら激情に満ちた言葉を並べたてたトムは、文明の最後の胸壁《きょうへき》に孤軍《こぐん》立ちはだかる自己の姿を思い浮かべていた。
「ここにいるのはみんな白人なんだけど」とジョーダンが呟《つぶや》くように言った。
「おれにそれほど人気がないってのくらいは分かってる。でかいパーティーを開いたりもせん。
どうやら、少しでも友だちを作ろうと思えば自分の家を豚小屋にせにゃならんものらしい――現代社会では」
 ぼくは、まわりのみんなと同じように、腹を立てていた。と同時に、かれが口を開くのを見るたび、大笑いしたくてしかたがなかった。
放蕩者《ほうとうもの》から求道者《ぐどうしゃ》への転身はそれほどに完璧だった。
「少しお話しておくことがあります。尊公にですよ――」と、ギャツビーが口火をきった。だが、デイジーがかれの意図を察した。
「お願い、やめて!」とデイジーが必死にさえぎった。「みんな、家に帰ろうよ。ねえ、帰ろう?」
「それがいい」ぼくは立ち上がった。「出よう、トム。みんな、酒って気分じゃないよ」
「おれとしてはミスター・ギャツビーがおれに言っておかなきゃならんらしいことを聞いてみたいね」
「あなたの奥さんはあなたを愛していない」とギャツビーが言った。
「あなたを愛したことなど決してないのです。私を愛しているのです」
「気違いめ!」とトムがとっさに怒鳴《どな》った。
「デイジーはあなたを愛したことなど決してないのです、聞こえませんか?」ギャツビーが叫び返した。
「私には金がなかったし、デイジーも待つのに疲れてしまって、だからあなたと結婚したのです。それはひどい手違いでしたが、デイジーも心の中ではずっと私を愛していたのです!」
 この時点でぼくとジョーダンとは出て行こうとしたけれど、トムもギャツビーもいずれ劣らない頑固さで、ぼくらに帰るなと言ってきかなかった――両者ともに、隠し立てするべきものがまったくないし、自分と感情を分かちあうことがひとつの特権でさえあると思っていたのだろうか。
「まあ座れよ、デイジー」トムは自分の声になんとか家父長《かふちょう》めいた響きをともなわせようとしたようだったが、うまくいかなかった。
「どういうことなんだね? すべてをおれに聞かせてもらいたい」
「どういう事かは私がお話しした通りですよ」とギャツビーが言う。「ここ五年間の事――あなたがご存知なかったことを」 
トムはデイジーに切りこむように向き直った。
「こいつと五年間会いつづけてたってことか?」
「会っていたわけではありません」とギャツビー。
「いいえ、私たちは会えなかったのですよ。それでも、その間ずっと、私もデイジーも、お互いを愛してきたのです。そして尊公はそれをご存知なかった。
私はときどき笑いたくなったものです」――しかしながら、ギャツビーの瞳には笑いのかけらも見えなかった――「尊公が何もご存知ないということを思えばね」
「やれやれ――それで全部か」トムは牧師のように両手の肉厚な指の先を突きあわせると、椅子の背にもたれかかった。
「気違いが!」トムが怒号《どごう》した。
「五年前になにがあったのか、それはわからん。そのころはまだデイジーのことを知りもしなかったのだからな――あんたがどうやってデイジーに近づいたのか、知りたいとも思わん。どうせ汚らわしい手に決まってる。じゃなきゃあ、勝手口に食品を届けたくらいのもんだろう。
だがな、その他はみんな嘘も嘘、大嘘だ。
デイジーは結婚したときおれを愛してたし、いまだっておれを愛してる」
「違う」と、ギャツビーはかぶりを振った。
「違うものか。問題は、デイジーがときどき馬鹿げたアイディアを思いついて、それで自分が何をやってるのか知らないままに動いちまうってことなんだよ」
トムは賢しげにうなずいた。
「それに、おれはデイジーを愛してる。
ときにはつまらない馬鹿騒ぎに飛びこんで馬鹿をやるが、いつだってデイジーのもとにもどってきた。心の中では片時もデイジーへの愛情を忘れたことはなかった」
「ふざけないで」とデイジーが言った。
そしてぼくのほうに向き直り、一オクターブ低い声を発して、冷汗の出るような嫌悪感で室内を満たした。「わたしたちがどうしてシカゴを出るはめになったか、聞いてる? 
もし聞いてなかったらびっくりね、そのつまらない馬鹿騒ぎとやらの話を」
 ギャツビーは足を進め、デイジーのそばに立った。
 
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