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The Great Gatsby 華麗なるギャツビー

Chapter7-7

Francis Scott Fitzgerald F・スコット・フィッツジェラルド
AOZORA BUNKO 青空文庫
「デイジー、それはみんな終わったことなんだ」と、熱をこめて言う。
「もうそんなことは問題じゃない。
さあ、本当のことを教えておやりなさい――あの方を愛したことなどない、と――それですべてが永遠に片付きます」
 デイジーが瞳を暗くしてギャツビーを見返す。
「ねえ――わたしにあのひとを愛せたわけがないじゃない?――どうあがいたって」
「あなたはあの方を愛したことなど決してないんです」
 デイジーはためらった。
すがりつくみたいな眼差しをジョーダンに、それからぼくに落とす。あたかも、いまになってようやく自分がなにをしようとしているのかに気がついたかのように――しかもそれまで、いつの時点であっても、何一つするつもりがなかったかのように。
けれども、もうことは起こった。
手遅れだった。
「わたしはトムを愛したことなんて決してない」しぶしぶながら、というようすが見え見えだった。
「カピオラニでも?」とトムが不意に尋ねた。
「そうよ」
 階下のダンス・フロアから、熱波に乗って、くぐもった、息苦しい協和音が響いてきた。
「あの日、パンチ・ボールでおまえの靴を濡らしてしまわないように抱きかかえてやったときも?」その声には、空疎な優しさがこめられていた……「デイジー?」
「もうやめて」冷たい声ではあったけれど、憎しみはもはや失われていた。
デイジーはギャツビーを見つめた。
「これでいいでしょ、ジェイ」と言うには言ったデイジーは、煙草に火をつけようとした。震える手で。
突然、デイジーは煙草と燃え盛るマッチを絨毯《じゅうたん》の上に投げ捨てた。
「ああ、あなたは多くを求めすぎる!」とデイジーは叫ぶように言った。
「いまわたしはあなたを愛してる――それで十分でしょ? 昔のことはどうしようもないんだから」
そして、頼りなくしゃくりあげはじめた。「トムを愛していたことだってあったのよ――でも、あなたのことも愛してた」
 ギャツビーが大きく目を見開き、閉ざした。
「私のこと『も』愛していた、と?」ギャツビーが繰りかえした。
「それさえも嘘だ」と、トムが荒々しく言った。
「デイジーはおまえが生きていたことを知らんかったんだからな。
そうだ――デイジーとおれとの間には、おまえには決して知りようのないことだってあるんだぞ。おれたち二人とも、絶対に忘れようのないことが」
 その言葉がギャツビーの肉体を切り裂いたかのように見えた。
「デイジーとふたりきりで話がしたいのですが」とギャツビーが言った。「いまデイジーは、とにかく興奮していますから――」
「ふたりきりになってもトムのことを愛したことがないなんて言えない」と、デイジーは哀れみを誘う声で告げた。
「それは本当のことじゃないんだもの」
「あたりまえだ」とトム。
 デイジーは夫に向き直った。
「あなたになんの関係があるっていうの」
「あるに決まってるだろ。これからもずっと、おまえをよりよく世話していってやるつもりなんだから」
「分からない人ですね」と、ギャツビーがかすかに焦《あせ》りを見せ、言った。「あなたはもうデイジーの世話をしていくわけにはいかないんです」
「それはまた」と、トムは目を大きく見開き、笑った。
いまのかれには自分をコントロールする余裕が生まれていた。「どういうわけで?」
「デイジーがあなたを捨てます」
「馬鹿馬鹿しい」
「本当のことよ」と、デイジーが見るからに苦労しながら、そう言った。
「デイジーはおれを捨てはせん!」トムの声が、不意に、ギャツビーにのしかかるように響いた。
「デイジーの指にはめる指輪だって他人のものを盗まなきゃならんようなありふれた詐欺師のために、おれと別れたりするものか!」
「こんなの、もう我慢できない!」とデイジーが叫んだ。「ねえ、出ましょう」
「結局よ、あんたは一体何者なんだ?」と、トムが堰《せき》を切ったように怒鳴った。
 
Copyright (C) Francis Scott Fitzgerald, Kareha
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