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The Great Gatsby 華麗なるギャツビー

Chapter8-3

Francis Scott Fitzgerald F・スコット・フィッツジェラルド
AOZORA BUNKO 青空文庫
 数分後、ぼくはギャツビーに電話してみたけれど、先方は話し中だった。
四回試してみた。結局は、苛立った交換手からデトロイトからの長距離電話がかかってきているのだと言われた。
時刻表を取り出し、三時五十分の列車に小さく丸をつけた。
それからぼくは椅子にもたれかかって考えようとした。それがちょうど正午。
 あの朝、ぼくを乗せた列車が灰の山を通りすぎる際、ぼくは意図的に車両の反対側に移動した。
ぼくはこう考えていた。物見高い連中があたりに一日中うろうろしていて、子供たちといっしょに塵の中の暗点を探し、どこかのおしゃべりな男があれやこれやとその出来事について語っていたけれど、やがてその話もどんどん現実から乖離《かいり》、終いにはもはや語ることすらなくなってしまい、そしてマートル・ウィルソンを襲った悲劇も忘れ去れていくのだろう、と。
ここですこし話をさかのぼり、あの夜ぼくらが去った後のガレージで起きたことを話しておきたい。
 マートルの妹、キャサリンを捕まえるのは人々にとって困難なことだった。
あの夜彼女は飲酒について自らに課したルールを破っていたに違いない。やってきた彼女は馬鹿みたいに酔っていて、救急車はもうすでにフラッシングに行ってしまったということを理解しようとしなかった。
それをよってたかって納得させられたとたん、その事件がまさに耐えがたいことであったのか、彼女は気絶してしまった。
だれかが、親切心からか好奇心からか、キャサリンを自分の車に乗せ、姉の遺体が臥《ふ》されているところまで運んでやった。
 夜が更けてもなお野次馬たちが入れ代わり立ち代わりガレージの正面に押し寄せてきたが、ジョージ・ウィルソンはといえば中の寝椅子の上で体を前後に揺するばかりだった。
しばらくの間は事務所のドアが開放されていたために、ガレージを訪れるものはみな、否応《いやおう》なく、かれの姿を目にするはめになった。
やがてだれかが、ウィルソンの名誉をおもんばかってドアを閉めてやった。
かれについていたのはマイカリスとその他数名。最初は四、五人ほどいたのが、後には二、三人になっていた。
その後、マイカリスは最後に残った赤の他人に十五分余計に居残ってくれるよう頼みこまなければならなかった。その間にかれは自分の店にもどり、コーヒーを淹《い》れてポットにつめた。
それから夜明けまで、マイカリスひとりがウィルソンのそばに残った。
 三時ごろ、ウィルソンの支離滅裂《しりめつれつ》なつぶやきの内容に変化が生じた――だんだんおとなしくなったかれは、黄色い車について話しだした。
その黄色い車の持ち主を突きとめる手を握っていると告げ、それから二ヶ月前にかれの妻が鼻をはらし、顔に痣《あざ》をつくってニューヨークから帰ってきたことがあったなどと口走った。
 が、自分が言った言葉を耳にしたとたんに怖気づいて、またふたたび唸るような声で「ああ、神さま!」をわめきだした。
マイカリスはかれをなだめようと不器用ながら手を尽くした。
「結婚して何年になるんだ、ジョージ? 
ほら、しばらくそこにじっと座って、質問に答えてくれ。結婚して何年になる?」
「十二年」
「子供はいないのか? ほらジョージ、じっと座ってろ――質問してるんだぞ。子供はいなかったのか?」
 鈍い光を放つ照明に、茶色の甲虫が音を立ててぶつかりつづけた。表の道路を車が走りすぎていくたび、マイカリスの耳にはそれがほんの数時間に停まることなく走り抜けていったあの車の音のように思えた。
作業台の遺体が寝かされていたところがしみになっていたため、マイカリスはガレージの中に入っていきたくなかった。それでかれは、事務所の中を居心地の悪い思いをしながら歩き回っていた――事務所に、今朝あったものが今もそっくり揃っているのは分かっていた――そして、時折ウィルソンの隣に腰を下ろしては、ウィルソンを落ち着かせようと試みた。
「ときどき顔を出したりする教会はなかったのか、ジョージ? 
最後に顔を出したのがずいぶん前でもかまわないんだぞ? 
その教会の神父さんを電話で呼べば話も聞いてもらえるだろうし、どうだ?」
「どこにも入ってない」
「行きつけの教会くらい作っとくもんだぜ、ジョージ。こういうときのために。
あんただって一度くらいは教会に行ってるはずだ。
結婚式は教会で挙げたんじゃないのか? なあ、ジョージ、話を聞けよ。結婚式は教会で挙げたんじゃないのか?」
「もうずいぶん昔のことだ」
 質問に答えようと努力したせいで、ウィルソンは体を揺するリズムを崩した――少しの間、かれは黙ったままでいた。
それから、悟ったようでもあり、当惑したようでもあるようすが、かれの翳《かげ》った瞳に浮かんだ。
「そこの引出しを見てみな」と、机を指差しながらウィルソンは言った。
「どっちの引出しを?」
「それだよ――そう、それだ」
 マイカリスは手からいちばん近くにあった引出しを開けた。
そこにあったのは、小さくて高価そうな犬用の首輪で、皮の部分から銀の鎖が伸びていた。
新品らしい。
「これが?」と、マイカリスは首輪を持ち上げながら訊ねた。
 ウィルソンはじっと見てうなずいた。「昨日の午後、見つけたんだよ。そいつについて説明してくれたんだが、どうも妙な感じがした」
「奥さんがこれを買ったってわけか?」
「あれはそいつをティッシュペーパーにくるんでドレッサーの上に置いていた」
 マイカリスはとりたてて変とも思わなかったから、マートルがその首輪を買った理由と思われるものをあれこれ話してみた。
だが、ウィルソンはまったく同じ説明を、以前に、マートルから聞かされていたものと思われる。なぜなら、つぶやくような調子で「ああ、神さま!」を口にしはじめたからだ――かれを慰めようとしていたマイカリスは、他に考えついたいくつかの説明を口に出さずにおくことにした。
「それからやつに殺された」とウィルソンは言った。ふいに、口を大きく開け広げる。
「だれに?」
「そいつを探り出すにはどうすればいいか、わかってるんだ」
「疲れてるんだよ、あんたは」とウィルソンの友人は言った。
「あんたにとってはつらいことだったろう、自分がなにを言っているのかわからんくなるくらいにな。
朝までじっと座って休んだほうがいい」
「やつがあれを殺した」
「あれは事故だったんだ、ジョージ」
 ウィルソンは首を横にふった。目を細め、口を若干前より大きく開いて、「はん!」と不気味な響きを漏らす。
「もちろん」と、ウィルソンははっきりと語りだした。「俺は人を信用するたちだし、だれかを傷つけたりしたいとも思わん。それでも、教えられれば知らずにいるわけにはいかない。
あの車に乗っていた男。あれは、あの男に話があって飛び出して行ったのに、あの男は車を停めようとしなかったんだ」
 マイカリスもその光景を見てはいたが、そこになにか事情があるだなんて思いつきもしなかった。
ミセス・ウィルソンは、特定の車を停めようとしていたというよりも、むしろ夫から逃げ出そうとしていたのだと、マイカリスは思いこんでいた。
「あの奥さんがそんなことをするはずはなかろうが?」
「あいつは腹のわからんやつだからな」とウィルソンは言った。それで質問の答えになるとでもいうかのように。
「ああああ――」ウィルソンはふたたび体を揺らしはじめた。マイカリスは首輪をひねくりまわしながら立っていた。
「ひょっとしたら、俺から電話して呼んでやれるような友だちがいたりしないか?」
 それは無茶振りといってよかった――ウィルソンには友だちがいないということを、マイカリスはほぼ確信していた。かれの妻にとってみれば夫だけでは物足りなかったわけだ。
間もなく、窓に青味がさして部屋のようすが変化したのに気づいたマイカリスは、夜明けがそれほど遠くないということを悟って嬉しく思った。
 
Copyright (C) Francis Scott Fitzgerald, Kareha
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