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The Great Gatsby 華麗なるギャツビー

Chapter8-4

Francis Scott Fitzgerald F・スコット・フィッツジェラルド
AOZORA BUNKO 青空文庫
五時前後には、灯りを消してもいいくらいに外も青みわたった。
 ウィルソンのぎらつく瞳が灰の山に向けられた。そこでは小さな灰色の雲が、奇怪な形を得、かすかな黎明《れいめい》の風を受けては右往左往していた。
「おれはマートルに言ってやったんだ」長い沈黙を経て、かれはそうつぶやいた。
「おれをだますことはできても、神さまをだますことはできんということを。
それから窓のところに引っ張っていって――」かれは大儀そうに立ちあがり、腰をかがめて窓に顔を近づけた。「――言ってやった。『神さまはおまえの行いを見ておられる。行いすべてをお見通しなのだ。おれをだますことはできても、神さまをだますことはできん!』」
 ウィルソンの背後に立ったマイカリスは目を見はった。そこに見えたのは、T・J・エクルバーグ博士の瞳だった。青白い巨眼《きょがん》が、朝ぼらけの中に浮かんでいる。
「神さまはすべてをお見通しだ」ウィルソンがくりかえす。
「あれは広告じゃないか」とマイカリスは言った。
思わず振りかえって背後を確かめた。
しかしウィルソンはそこに立ち、窓ガラスにじっと顔を近づけたまま、薄明《はくめい》に向かってうなずきつづけた。
 六時になるとマイカリスもくたびれてしまい、表に車の停まったのをありがたく思った。
車に乗っていたのはあの晩の野次馬のひとりで、もどってくるからとあらかじめ約束していたのだ。マイカリスは三人分の朝食を作り、マイカリスともうひとりで食べた。
ウィルソンはもう静かになっていたから、マイカリスも家に帰って眠ることにした。四時間後に目をさましたかれがガレージに急いでもどったとき、ウィルソンはもういなかった。
 その足取りについては――最初から最後まで徒歩だった――ポート・ルーズベルトにきていたことが後にわかった。それからガッズ・ヒルでサンドイッチを買ったがこれには手をつけず、コーヒーだけを飲んだ。
ガッズ・ヒルに正午前につかなかったということは、疲れてゆっくり歩くようになっていたに違いない。
ここまでは難なくかれの姿を追い求められる――「気違いみたいにふるまう」一人の男が三人の少年に目撃されているし、自動車に乗っていたところ道端からわけもなくにらみつけられた者も複数いる。
それから三時間、かれの姿は見当たらなくなる。
警察は、ウィルソンがマイカリスに「手がかり」の話をしたことを重要視し、それを追って近辺のガレージに立ち寄っては黄色い車について尋ねまわっていたのだろうと考えた。
ところがその一方、どこのガレージからもウィルソンを見たという話は聞けなかった。ウィルソンには、それを知るにあたって、もっと簡単で、もっと確実な方法があったのかもしれない。
二時半にはウェスト・エッグに姿を現し、通行人にギャツビーの屋敷への道を尋ねている。
ということは、このときもうギャツビーの名を知っていたわけだ。
 二時、ギャツビーは水着に着替え、電話がかかってきたらプールにいるから、と執事に言いつけた。
途中、車庫に立ち寄って、この夏訪客たちを楽しませてきた、空気を入れて膨らませるタイプのマットレスを出し、運転手に手伝わせて膨らませた。
それから、そこのオープンカーについてどんな理由があっても外に出してはならないと指示――右前輪のフェンダーを修理する必要があったから、これは奇妙な指示と言えた。
 マットレスを担いだギャツビーはプールに向かって歩きはじめた。
一度、立ち止まってマットレスをほんの少しずりあげた。運転手は手伝いを申し出たが、ギャツビーはかぶりを振り、間もなく、黄色づきゆく木々の間に消えた。
 電話はかかってこなかったものの、それでも執事は、四時までは眠らずに待ちつづけた――そのときすでに、仮にかかってきたとしても、つなぐべき相手はいなくなっていたのだけれど。
ぼくの考えでは、ギャツビー自身、かかってくるなんて信じていなかったのだろう。もうそれがどうでもよく思えているのを自覚していたのではないだろうか。
もしそのとおりであるならば、昔ながらの温かい世界を失ったこと、単一の夢を抱いて長生きするために払った代償《だいしょう》があまりに高くついたことを感じていたに違いない。
ぎょっとさせるような葉群《はむら》を通して馴染めない空を見上げ、薔薇《ばら》がいかにグロテスクか、かろうじて創られたみたいな芝生に突き刺さる日の光がいかに生々しいことか、それを見取って、かれは身震いしたことだろう。
新しい世界、現実味のない物質。そこでは哀れな幽霊が、夢を空気みたいに呼吸しながら、行き当たりばったりにただよいつづける……形の定まらない木立を抜けてかれの懐へと滑りこんできた、あの、灰じみた奇怪な人影のように。
 運転手――ウルフシェイムの子分のひとり――は、銃声を聞いていた――後になってかれに言えたのは、ただ、聞くには聞いたがたいして考えてみなかったということだけだった。
ぼくは駅からまっすぐ車を飛ばし、心配のあまり玄関前のステップを駈けあがった。だれかが急を悟ったとしたら、これが最初のきっかけだったと思う。
けれど、それからはかれらも事態を理解したはず、そうぼくは固く信じている。
ほとんど言葉を交わすこともなく、ぼくら四人、運転手に執事に庭師、それからぼくは、プールへと急いだ。
 片端にある給水口からもう片端の排水口へと向かうかすかな水の流れは、ほとんど感じられないほどのものだった。波の影とも思えないほどかすかな波紋をたてながら、マットレスは下手へと不規則に動いていた。
かすかな風が水面を波だてるだけで、偶発的な荷を乗せたそのマットレスの偶発的な進路を妨げるには十分だった。
枝葉のかたまりに触れられるとそれはゆっくりと旋回し、転鏡儀《トランシット》の脚みたいに、水面に細い赤い輪を描きだした。
 ぼくらがギャツビーを抱えて屋敷にもどりはじめた後のことだった。庭師が少し離れた草むらにウィルソンの死体を見つけた。惨劇《ホロコースト》は完成された。
 
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