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The Great Gatsby 華麗なるギャツビー

Chapter9-1

Francis Scott Fitzgerald F・スコット・フィッツジェラルド
AOZORA BUNKO 青空文庫
 あの日のそれから、あの日の夜、その翌日を、二年経ったいまにして思い出してみると、ギャツビーの屋敷の玄関を出たり入ったりする警察やカメラマンや新聞記者たちがどこまでもつづくかと思われるほどの列をなしていたのだけが思い出されてくる。
正面門にはロープが張られ、警官がひとりそのそばに立って野次馬たちを締め出していたけれど、子供たちはすぐにぼくの家の庭から入りこめることに気づいて、そうした子供たちが、いつも何人か一塊《ひとかたまり》になってプールのそばでぽかんと口をあけていた。
きびきびした態度の人物が、おそらくは刑事だったのだろうが、あの午後、ウィルソンの死体に屈みこみながら「気違い」という表現を使った。なんとなしの権威がその口ぶりに備わっていたせいで、翌朝の新聞記事はみなそういった調子で書かれることになった。
 そうした記事の大部分は悪夢だった――グロテスクで、回りくどく、熱狂的で、しかも真実をついていない。
検死に際し、ウィルソンが妻に疑惑を抱いていたという証言をマイカリスがしたと聞き、ぼくはきわどい諷刺《ふうし》に包まれて話全体が暴露《ばくろ》されるのもすぐのことだろうと思った――けれどもキャサリンは、なんでも言い出しかねないと思っていたところが、一言も口外しなかった。
それどころか、ことに前後して彼女は驚くべき性格を周囲に明かした――書きなおされた眉の下から検死官をまっすぐ見据え、彼女の姉はギャツビーに会ったことがないということ、彼女の姉が夫と一緒にいてこよなく幸せだったこと、彼女の姉がいかなる悪戯もやったことがないということを、言明した。
彼女はそう言い切ると、ハンカチに顔を埋めて泣きじゃくりだした。疑いを持たれるなんて我慢の限度を超えているとでも言うように。
だから、ウィルソンは「悲しみのあまり発狂した」男にまで格を落とし、事件はもっとも単純な形に落としこまれた。
事件はそこで収まったのだ。
 けれどもそれらはみな遠い、どうでもいいできごとのように思えた。
気がつくと、ぼくはひとりでギャツビーの側に立っていた。
悲報をウェスト・エッグ・ビレッジに電話した時点から、ギャツビーにまつわる推測や現実的な質問のすべてが、ぼくに向けられるようになっていた。
最初は驚きもしたし混乱もした。それから、屋敷の中のギャツビーが、一時間、また一時間と、動くことも息をすることも話すこともなく横たわっている間に、ぼくの中で責任感が芽生えてきた。というのも、だれも関心をもっていないのだから――関心というのは、つまり、だれもが最後の瞬間に受け取ってしかるべきはずの、熱意あふれる関心、一個人としての関心のことだ。
 遺体発見から三十分後、ぼくは、本能的に、ためらうことなく、デイジーに電話をかけていた。
けれども、デイジーもトムもその午後早くから、荷物を持ってどこかにでかけてしまっていた。
「連絡先は聞いてないのかな?」
「はい」
「いつもどるのか、分かる?」
「いいえ」
「どこに行ったのかな? こっちから連絡する方法を知りたいんだけど?」
「わかりかねます。なんとも申し上げられません」
 ぼくはギャツビーのためにだれかをつかまえてやりたかった。ぼくはギャツビーが臥《ふ》されている部屋に行って、こう言って安心させてやりたかった。「だれかをつかまえてやるからね、ギャツビー。心配ないよ。ぼくを信じてくれ、必ずだれかをつかまえてあげるから――」
 メイヤー・ウルフシェイムという名前は電話帳には載っていなかった。
執事が教えてくれた、ブロードウェイにあるウルフシェイムの事務所の住所を手がかりに番号案内に問い合わせたのだけど、結局、電話番号が分かったときにはもう五時をずいぶん回ってしまっていて、だれも電話に出なかった。
「もう一回電話したいんだけど?」
「もうすでに三回呼び出してみてるんですよ」
「重要なことなんだ」
「申し訳ありません。どなたもおられないのではないでしょうか」
 客間に引きかえしたぼくは、一瞬、こうして仕事柄屋敷に詰めている人々もみな予期せぬ弔問客《ちょうもんきゃく》なのだと思った。
けれど、かれらがシーツをめくってはショックを受けた目でギャツビーを見やるそのさなかにも、ギャツビーの抗議が頭の中で鳴り響いてやまなかった。「あのですね、尊公、私のために誰かをつかまえてこなきゃなりませんよ。一生懸命《いっしょうけんめい》やってもらわないと。今度ばかりは、私ひとりではとても切り抜けられませんからね」
 だれかがぼくに質問を切り出したが、ぼくはそれを受け流して、二階に上がり、ギャツビーのデスクの鍵が掛かっていない引出しを矢継《やつ》ぎ早《ばや》に調べはじめた――かれは、自分の両親が死んだとは明言《めいげん》したことがなかったのだ。
けれどもそこには何もなかった――ただ、忘れ去られた暴力の象徴、ダン・コーディーの肖像画が、壁から室内を睥睨《へいげい》するばかり。
 翌朝ぼくは、執事にウルフシェイム宛ての手紙を持たせてニューヨークに行ってもらった。情報を求めると同時に、次の列車でこちらにくるようにと促す手紙だった。
この要求は、書いたときは、余計なことだと思っていた。新聞でことを知ったウルフシェイムがこちらに向かっているのは確実だとぼくは思っていたから。そして、昼前にデイジーから連絡が入るということも、同じように確実視していた――が、デイジーからの連絡はなく、ウルフシェイムもこなかった。警官、カメラマン、新聞記者といった連中以外にはだれひとりやってこなかった。
執事がウルフシェイムからの返事をもって帰ってきたときは、ぼくの中に反発感がうごめきはじめ、ギャツビーとぼくとで、かれら全員を軽蔑しつくしてやるという盟約を結びたいくらいだった。
 親愛なるミスター・キャラウェイ。

このたびのことを知り、私はこの人生においてもっともひどい衝撃を受け、本当のことなのかまったく信じられそうにない思いです。
あの男がとったああいう気の狂った行為は、私たちみなに何事かを思わせずにはいられません。
重要なビジネスにかかわっており、このたびの事件に巻き込まれるわけにはいかない今現在の私でありますれば、そちらに出向くことはできそうにありません。
事後、何か私にできることがありましたら、エドガーに手紙を持たせてこちらにお寄越しください。
このようなことを耳にすると、私はまったく打ちのめされてしまい、自分がどこにいるのかさえよくわからなくなってしまいます。

 Yours truly メイヤー・ウルフシェイム
 それから、下部に慌てたように書き加えられた補遺《ほい》があって、
 葬儀などについてお知らせください、家族についてはなにも存じておりません。
 午後、電話が鳴って、長距離電話交換局がシカゴからの電話がかかってきていると知らせてきたとき、ぼくはようやくデイジーから連絡がきたか、と思った。
けれども、回線を伝って流れてきた声は、男の、細くて遠い声だった。
「もしもし、スラッグルだが……」
「はい?」聞き覚えのない名前だった。
「とんでもない話だぜ、だろ? おれの電報は届いたか?」
「電報などひとつもきておりませんが」
「パークの青二才がしくじりやがってよ」と、男は早口でしゃべりはじめた。
「あの証券を窓口に出したとたん、あいつ、捕まっちまった。ニューヨークからやつらのところにナンバーがいったのが五分前ってんだぜ。
んなもんわかりっこねえじゃねえか、なあ? まさかこんなど田舎《いなか》でだな――」
「もしもし!」ぼくは息せき切って割りこんだ。「あのですね――ぼくはミスター・ギャツビーではありません。ミスター・ギャツビーは亡くなりました」
 電話の相手は長い沈黙の後、驚きの声を発した……それからがちゃんという音がして、電話は切れた。
 
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