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The Great Gatsby 華麗なるギャツビー

Chapter9-2

Francis Scott Fitzgerald F・スコット・フィッツジェラルド
AOZORA BUNKO 青空文庫
 ミネソタのとある町からヘンリー・C・ギャッツとサインされた電報が届いたのは、たしか、三日めのことだったと思う。
送信者はすぐさま出発する、到着まで葬儀を延期されたし、という内容だった。
 ギャツビーの父親だった。生真面目そうな老人で、ひどく力を落としてうろたえており、九月のなまぬるい気候の中、ぞろっとした安っぽいアルスター外套《がいとう》に身を包んでいた。
その瞳はずっと興奮を押し隠せずにいて、ぼくがかれのバッグと傘とを預かると、白いものがまじった顎鬚《あごひげ》をひっきりなしにひっぱりはじめたので、コートを脱がせるのは難しいだろうと断念した。
いまにも倒れそうなようすだったから、ぼくはかれを音楽室に案内して椅子をすすめ、その一方で、使用人に食事を用意するように言った。
けれども食事には手がつけられず、コップの牛乳も震える手からこぼれおちていった。
「シカゴの新聞で見ました」とかれは言った。
「シカゴの新聞に全部書いてありましたよ。私はすぐにこちらに向かいました」
「連絡する方法がわかりませんでしたので」
 かれの、なにも見るでもない瞳が、絶え間なく部屋中をさまよっていた。
「気違いの仕業だったそうですね。気が違っていたに違いない」
「コーヒーをお持ちしましょうか?」とぼくはすすめた。
「なにもいりません。すっかり大丈夫になりましたから、ミスター・――」
「キャラウェイです」
「そう、私はもうすっかり大丈夫です。ジミーはどこに?」
 ぼくはかれをギャツビーが横たわっている客間に連れていき、それから席を外した。
どこかの少年たちがステップから広間を覗きこんでいた。ぼくがやってきたのがだれかを教えてやると、しぶしぶ帰っていった。
 ややあって、ミスター・ギャッツはドアを開けて出てきた。口はだらしなく開き、やや顔が赤らみ、目からはともに流すもののない孤独でタイミング遅れの涙が溢れていた。
かれは、死というものに不気味な驚きを感じるような年齢をとうに越えている。周囲を見まわしたかれの目に、大広間の壮麗さや天井の高さ、次から次へとつながる数々の部屋が飛びこんできて、その嘆きにも、畏敬《いけい》に似た誇りが入り混じりはじめた。
ぼくはかれを二階の寝室に案内した。コートとベストを脱ぐのを見ながら、到着まですべての手配を延期していたと告げる。
「あなたがどうなさりたいか、わかりませんでしたのでね、ミスター・ギャツビー――」
「私はギャッツと申します」
「――ミスター・ギャッツ。かれを西部に連れて帰るのがご希望かなと思いまして」
 かれは首を横にふった。
「あれはいつも東部のほうを好んでおりました。身を立てたのも東部ですから。
あなたは息子の友人だったのですか、ミスター・――」
「親しい友人でした」
「あれの未来はすばらしいものでしたねえ。
まだほんの若造にすぎませんでしたが、ここ、頭脳の力はたいしたものでした」
 と言って、かれは自分の頭に手をやって見せた。ぼくはうなずいた。
「もし生きつづけていたとしたら、さぞ偉い男になっていたことでしょう。ジェイムズ・J・ヒルのような男に。この国の発展に役に立ったことでしょう」
「たしかに」ぼくは居心地悪く思いながらそう言った。
 不器用に手を動かして刺繍《ししゅう》の入ったシーツをベッドからはがすと、かれは、ぎくしゃくと寝そべった――かと思うと、もう眠りに落ちていた。
 その夜、明らかに怯《おび》えた人物から電話があり、自分の名前を言う前から、ぼくがだれだか言えと言ってきた。
「キャラウェイと申しますが」
「ああ!」と安堵《あんど》の声。
「クリップスプリンガーです」
 ぼくもまた安堵した。というのも、これでギャツビーの墓前に参列する友人がもうひとり増えることになるように思えたからだ。
新聞に訃報《ふほう》をのせて野次馬を引き寄せるのはぼくの望むところではなかったから、少数の人々に一々電話してまわっていたのだ。
そしてこれがまたなかなか捕まらない連中ばかりだった。
「葬儀は明日です」とぼくは言った。「三時に、ここの屋敷でやります。きてくれそうな方々への連絡をお願いしますね」
「ああ、わかりました」かれはあわてて答えた。
「もちろんぼくはだれにも会わないように思いますが、もしものときはかならず」
 その声にぼくは疑いをもった。
「もちろんあなたはおいでになりますよね」
「そうですね、なるべくそうしてみます。ぼくが電話したのは――」
「ちょっと待ってください」とぼくは話をさえぎった。「どうして、くる、と言わないんです?」
「それはですね、実は――ほんとうのところですね、いまぼくはグリーンウィッチにいるんですが、こっちの人たちは明日ぼくを連れだすつもりでいるみたいなんですよ。
実際、ピクニックみたいなものじゃないかと思うんです。もちろんぼくはがんばって抜けだしてみるつもりでいますけど」
 ぼくは思わず「はん!」と遠慮のない声を漏らしてしまった。それをかれも聞いたに違いなく、神経質な声で話をつづけた。「ぼくが電話したのはですね、そっちに靴をおいていってしまってることに気づいたからなんです。執事にもってきてもらってもそう手間にはならないと思いまして。
ええっと、テニスシューズなんです、あれがなくてちょっと困った感じなんですよ。いまぼくがいる家は、B・F・――」
 ぼくはその名前を最後まで聞かなかった。受話器をもどしたからだ。
 その後、ぼくはギャツビーに対して、ある意味、恥ずかしく思った――ぼくが電話をしたある紳士は、自業自得《じごうじとく》だと言わんばかりの返事を返してきた。
といっても、間違っていたのはぼくのほうだ。なぜなら、その紳士はギャツビーの酒の力をかりてギャツビーをてひどくこきおろしていた連中のひとりだったのだから、ぼくも電話などするべきではなかったのだ。
 
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