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The Great Gatsby 華麗なるギャツビー
Chapter9-3
Francis Scott Fitzgerald F・スコット・フィッツジェラルド
AOZORA BUNKO 青空文庫
葬儀の朝、ぼくはメイヤー・ウルフシェイムに会うため、ニューヨークに出た。それ以外に、かれと連絡をとる方法を思いつけなかったのだ。
エレベーター・ボーイの案内にしたがって、「スワスティカ持株会社《ホールディングス》」とあるドアを押したところ、最初、中にはだれもいないように見えた。
が、ぼくが「すみません」と何度かむなしく叫んでみると、背後のどこかで言い争う声がし、まもなく、きれいなユダヤ人の女が奥の扉から出てきて、黒い瞳に敵意をみなぎらせ、ぼくをじろじろと見た。
「ミスター・ウルフシェイムはシカゴに行っておられます」
この発言の前半は明らかに嘘だった。というのも、奥で調子はずれの口笛《くちぶえ》が『ロザリー』を演りはじめたから。
「キャラウェイがお会いしたがっているとお伝え願えませんか」
「シカゴから連れもどしてこれるわけないでしょう?」
このとき、ウルフシェイムに他ならない声で、奥のドアから「ステラ!」という呼びかけがあった。
「そこの机に名刺を置いていってください」と女はあわてて言った。「おもどりになり次第お渡ししておきますので」
女はぼくのほうに一歩踏み出し、腰に手をあて憤然《ふんぜん》と立ちふさがった。
「あなたがた若い人たちは、ここにきたときも、いつでも強引にいけばなんとかなるとお思いのようですけどね」と女は叱るように言った。
「こっちだってそんなのにはもう慣れっこなんですから。シカゴにいると言えば、シカゴにいるんです」
女は消えうせた。と、メイヤー・ウルフシェイムがしゃちほこばって戸口に立ち、両手を差し出していた。
ぼくをオフィスに招じ入れると、真面目くさった声で悲しいことになったと言って、葉巻をぼくに差しだした。
「あいつにはじめて会ったころのことを思い出す」とかれは言った。
「軍を除隊《じょたい》したての若い少佐でな、軍服の一面に戦争でもらった勲章をはりつけていた。
ひどく金に困っていて普通の服も買えず、軍服を着たきりだったのさ。
はじめて会ったのは四十三番街のワインブレナーのビリヤード場でのことだった。仕事の口をさがしてた。
もう二日なにも食べていなかったらしい。『一緒に昼でも食おう』とおれは言った。
「で、かれのために仕事を作ったということですか?」とぼくは訊ねた。
「わしはあいつを無から育て上げた。それこそ、どん底からよ。
あいつの容貌がいかにも紳士らしい若者だったのにすぐさま気づいた。それでオッグスフォードの出だと聞かされたときは、これは使えると思った。
在郷軍人会に加入させてみると、うまく地位を得てくれてな。
すぐに、オールバニーのわしのお得意のためにちょっとした仕事をやってくれたもんだ。
なんにつけても、わしたちはそういうぐあいに緊密《きんみつ》だった」――かれは二個のボタンを指で摘みあげた――「いつも一緒だった」
ふと、そのパートナーシップの中に一九一九年のワールド・シリーズ買収も含まれていたのだろうかと思ったりした。
「そのかれが亡くなりました」ぼくはちょっと間をおいてから言った。
「もっとも親しい友人として、午後の葬儀にも参列したいとお思いだろうと」
鼻毛を少しだけ震わせ、目に涙をためて首を横に振った。
「そういうわけにはいかんのだ――巻きこまれるわけにはいかん」とかれは言った。
「巻きこまれるようなことなどありませんよ。すべて終わりました」
「殺された、となるとな、わしは決してどんな形でも巻きこまれたくないのさ。距離をとることにしている。
若いころには違ったんだがな――うちのやつが死んだとなると、どんな事情であれ、最後まで面倒を見てやったもんだ。
感傷にすぎんと言うかもしれんが、実際そうさ――最後の最後までな」
かれにはかれなりの理由があってこないと決意しているのだとぼくは見たから、腰を上げた。
そのとき、ぼくはかれが「ゴネグション」作りを提案してくる気だと思ったけど、かれはただうなずいてぼくの手をにぎっただけだった。
「ひとつ学ぼうや。友情は相手が生きているうちに示すべきもんで、死んだ後のもんじゃないんだ」とかれは言い出した。
「後は、なにもかもそっとしておくというのがわしの決め事でね」
ぼくがかれのオフィスを出たとたん空模様があやしくなり、霧雨の中をウェスト・エッグにもどるはめになった。
Copyright (C) Francis Scott Fitzgerald, Kareha