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The Great Gatsby 華麗なるギャツビー

Chapter9-4

Francis Scott Fitzgerald F・スコット・フィッツジェラルド
AOZORA BUNKO 青空文庫
服を着替えてから隣家に赴《おもむ》くと、ミスター・ギャッツが興奮したようすで大広間を歩き回っていた。
息子と息子の財産に対するかれの誇りは時を追うごとに高まっていた。そして、かれはなにかをぼくに見せようとしていた。
「ジミーがこの写真を送ってきたのです」かれは震える指先で札入れを取り出した。
「ごらんなさい」屋敷の写真だった。四隅《よすみ》はいたみ、何度も何度も手に触れられて、汚れていた。
その写真の中をひとつひとつ熱心に指差しながらぼくに見せる。
「ごらんなさい!」と言ってから、ぼくの瞳に賞賛の色を探す。
この写真をことあるごとに見せびらかしてきたこの父親にとって、いまや、写真のほうが屋敷そのものよりリアルなものとなっていたのだろう。
「ジミーが送ってよこしたのです。とてもきれいな写真だと思いますよ。これを見るとよくわかります……」
「なるほど。最近、かれとの連絡は?」
「二年前に私に会いにきて、いま住んでいる家を私に買ってくれました。
あれが家を出ていったときはもちろん勘当《かんどう》同然でしたが、いまにして思えばそれにも理由があったのですな。
あれは自分の目の前に大きな未来が開けているのを知っていた。
身を立ててからというもの、あれは私にひどく寛容になって……」
 かれはその写真をしまうのを拒むように、手に握ったそれをぼくの眼前でいじくりまわした。
それから札入れにしまうと、ポケットから、古びたぼろぼろの冊子を取り出した。『ホパロング・キャシディ』という題字が見えた。
「これを。あれが子供のころに持っていた本です。これを見るとよくわかります」
 かれは裏表紙《うらびょうし》を開き、ぼくのほうから読めるよう、さかさまにして差し出した。
巻末の白紙のページに、活字体で SCHEDULE と書きこまれており、一九〇六年九月十二日付けとなっている。そしてその下に――
起床…………………………………… 午前 六:〇〇
ダンベル体操および塀の昇降運動… 〃  六:一五 ~ 午前 六:三〇
電気他の勉強………………………… 〃  七:一五 ~ 〃  八:一五
仕事…………………………………… 午前 八:三〇 ~ 午後 四:三〇
野球などスポーツ…………………… 午後 四:三〇 ~ 〃  五:〇〇
雄弁術およびメンタルトレーニングの実践およびその習得方法の研究……
        …………………… 〃  五:〇〇 ~ 〃  六:〇〇
自由研究……………………………… 〃  七:〇〇 ~ 〃  九:〇〇
決意
シャフターズおよび【名、判読不可】で時間を無駄にしないこと。
煙草(かみ煙草含む)を絶つこと。
一日おきに入浴すること。
ためになる本か雑誌を週一冊読むこと。
週五ドル【バツをつけて抹消】三ドル貯めること。
両親に孝行すること。
「たまたまこの本を見つけましてね」と老人は言った。「どうです、たいしたもんでしょう?」
「たいしたものですね」
「あれは、前へ前へとつきすすむ、そんな運命にあったのですよ。
こういう感じの決意やなにやをいつもやっていましたからな。
あれが自分の精神を鍛《きた》えるためにどれほどのことをしていたか、お気づきでしたか? これについては、あれは常にグレイトでした。一度、私をつかまえて豚のように食うと言いおったことがありましてな、ぶったりしたものです」
 かれは本を閉じるのを拒むように、項目一つ一つを読み上げ、顔を上げてぼくをじっと見つめた。
ぼくがそのリストを自分用に使うために書き写すことを期待していたのだろう。
 三時少し前、フラッシングからルーテル派の牧師が到着した。ぼくは、他の車がやってくるのを待ち望みながら窓の外を無意識に目を向けはじめた。
ギャツビーの父親もまた同様だった。
時間がたち、使用人たちが揃って大広間に立ち並ぶと、父親は心配げに瞬《まばた》きをしながら、困惑した、くぐもった声音で、雨のことを話した。
牧師が何度か自分の時計に目をやっているのを見たぼくは、かれを横に引っ張っていって、あと三十分待ってくれるように頼みこんだ。
けれどもそれは無駄だった。だれひとりとしてやってきはしなかった。
 五時ごろ、ぼくらを乗せた三台の車の列が墓場に到着し、しとしとと降る雨の中、門のそばに停まった――一台目はぞっとするほどに黒く、水に濡れている霊柩車《れいきゅうしゃ》、それからミスター・ギャッツと牧師とぼくとを乗せたリムジン、それに少し遅れてギャツビーのステーションワゴン。ワゴンには、四、五人の使用人とウェスト・エッグの郵便集配人が、みなびしょぬれになって乗っていた。
ぼくらが順に門をくぐって墓場に入りはじめたところ、一台の車が停まる音につづき、だれかが水たまりを踏み散らす音を立てながらぼくらを追ってきた。
ぼくは体ごと振りかえった。
それは、梟《ふくろう》のような眼鏡をかけたあの男、三ヶ月前の夜のギャツビーの書斎で、ギャツビーの蔵書に驚嘆しているところにぼくと出くわした男だった。
 ぼくはあれ以来この男に会っていなかった。
どうして葬儀のことを知っていたのかはわからないし、そもそも、ぼくは名前すら知らない。
かれの分厚い眼鏡にも雨が降り注いでいた。かれは、ギャツビーの墓から覆いの麻布が巻き取られるのを見ようと、眼鏡を外し、水滴をぬぐった。
 ぼくは少しの間ギャツビーのことを考えてみようとしたけれど、かれはすでにもう遠い存在になってしまっていて、デイジーがメッセージも花も送ってこなかったことを、とくに恨《うら》めしく思うでもなく、ふと思いだせただけだった。
かすかに、「幸いなるかな、死して雨にうたれる者」というだれかのつぶやくような声が聞こえてきた。それに続けて梟眼鏡が、物怖じしていない声で「アーメン」と言った。
 ぼくらはもみあうようにして雨の中を車へと急いだ。
梟目が門のところで話しかけてきた。
「屋敷のほうには出向けなかった」
「それはみなさんもご同様で」
「なんと!」とかれは驚いて言った。
「ひどい話だな! 前は何百と押しかけてきていたというのに」
 ふたたび眼鏡を外し、外側も内側もふきなおした。
「かわいそうな野郎だ」
 
Copyright (C) Francis Scott Fitzgerald, Kareha
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