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A Dog of Flanders 7 フランダースの犬


Ouida ウィーダ
AOZORA BUNKO 青空文庫
 ネロがとほうもない夢を話すことができた相手が、パトラッシュ以外にもう一人だけいました。
それは、アロアでした。アロアは、草が青々とはえた岡の上の古びた風車小屋のそばに住んでいました。父親は粉屋で、村一番の金持ちでした。
小さなアロアは、優しい黒っぽい目をした、明るく血色のよい、とてもかわいい女の子でした。ところで、こうした面立ちはフランダース人にはよく見かけます。これは、アルバ公によるスペイン統治のなごりです。同じように、壮麗な宮殿や見事な邸宅や戸口の上の金ぴかの横木に、スペイン芸術の影響のあとがうかがわれます。紋章や石造りの建物から、歴史や詩が感じられるのです。
 小さなアロアは、よくネロとパトラッシュと一緒にいました。
三人は野原で遊び、雪の中で走り、ヒナギクの花やコケモモの実を集めました。また、一緒に古い灰色の教会に行きました。そして三人は、よく粉屋の家の、火が赤々と燃える暖炉のそばに一緒に座りました。
実際、小さなアロアは、村で一番金持ちの子どもでした。
アロアには、兄弟も姉妹もいませんでした。彼女の青いサージ・ドレスに穴があることは、決してありませんでした。お祭りの日には、金ぴかにぬったクルミや、神の子羊をかたどったお菓子を両手に持ちきれないほどたくさんもらいました。そして、アロアが最初に教会の聖餐式に行ったときは、亜麻色の巻き毛の上に、一番上等なメケレン産のレースのぼうしをかぶっていました。これは、アロアのものになる前は、アロアのおかあさんとおばあさんのものでした。
アロアはまだ十二歳に過ぎませんでしたが、村人たちはうちの息子の嫁になれば、さぞやいいお嫁さんになれるだろうと噂しあっていました。けれども、アロア自身は小さくて、明るく、純真な子どもで、自分が受け継ぐ財産のことなど、ちっとも意識していませんでした。そして、アロアは、ジェハンじいさんの孫と彼の犬が一番お気に入りの遊び友だちでした。
 アロアの父親であるコゼツのだんなは、いい人でしたが、いくぶん頑固なところがありました。 ある日のこと、コゼツのだんなは、牧草の二番刈りが済んだばかりの風車小屋の裏の細長い牧草地で、かわいい子どもたちの姿を目にしました。
 それは、彼の小さい娘が牧草の間に座り、黄褐色の大きな犬の頭をひざにのせている姿でした。どちらとも、ケシの花やヤグルマギクの花でできた花輪を首にかけていました。 きれいななめらかな松の板に、少年ネロは、木炭で二人の似顔絵を描いていました
 粉屋は立って、目に涙を浮かべながら似顔絵を見ていました。その似顔絵は、不思議なくらいアロアそっくりでした。粉屋は、一人っ子であるアロアを深く愛していました。
 それから粉屋は、「お母さんがおうちで用があるというのに、こんなところで怠けて遊んでいるなんて」と、アロアをしかりつけました。アロアはおびえて泣きながら家に戻りました。それからネロの方に向き直り、ネロの手から板をうばい取りました。
「おまえは、いつもこんな馬鹿なまねをしているのか?」 粉屋は尋ねましたが、声は震えていました。
 ネロは、赤くなってうなだれました。
「ぼくは、目に入るものは、なんでも描きます」と、ネロはつぶやきました。
 粉屋は、黙っていました。それから、粉屋は一フランを手に持って差し出しました。
「今言ったように、これは馬鹿げたことだぞ。とてもよくないことだ。時間の無駄だ。けれども、この絵はアロアそっくりで、お母さんは喜ぶだろう。
この銀貨でこの絵をおれに売ってくれ」
 若いアルデンネ生まれの少年は色を失いました。ネロは頭を上げて、手を背中の後ろに隠しました。
「お金も絵も持っていって下さい、コゼツのだんな。だんなには、今までに何度も親切にしてもらいましたから」 ネロは短く答えました。
それから、ネロはパトラッシュを呼んで、野原のむこうに行ってしまいました。
「あのお金があれば、あれを見ることができたんだ。でも、ぼくはアロアの絵を売ることができなかった。たとえあれが見られたとしても」 ネロはパトラッシュにつぶやきました。
 コゼツのだんなは、とても心を悩ませながら家に入りました。
その晩、粉屋は妻にこう言いました。「あの若者をアロアに近づけさせてはいけないよ。
将来問題が起きるかも知れん。ネロは十五で、アロアは十二だ。ネロは、格好もよくて、なかなか美男子だからな」
「それに、気だてもいいし、人を裏切らない子ですよ」 松の板の絵をうれしそうにながめながらアロアのお母さんは答えました。その松の板は、暖炉棚の上に、カシの木でできたカッコウ時計やろうでできたキリストの十字架像と一緒に並べられていました。
「そうだな、否定はせんよ」 粉屋は白目の酒びんについだお酒を一気に飲みほしながら答えました。
「それなら、もしあなたの考えるようなことが万が一起こったとしても」と、妻はためらいながら言いました。「それがそんなに大変なことなのでしょうか? 
アロアは二人でやっていけるものは十分あるし、それになんていったって幸せなのが一番ですからね」
「お前はやっぱり女だ。だから、そんな馬鹿なことを言うのだ」 粉屋はきびしく、パイプをテーブルでどん、とたたきながら言いました。
「あの子は、乞食同然だぞ。いや、画家になろうとなぞ、夢みたいなことを思っていて、乞食よりもっとたちが悪い。
二人が一緒にいることがないよう、よく見張っておくんだぞ。でなけりゃあ、もっとちゃんとアロアを見張ってもらえるよう、修道院にアロアをやっちまうぞ」
 かわいそうな母親は震え上がって、彼の言うとおりにすると約束しました。
それでも、母親は自分の娘を、娘が大好きな遊び友達から完全に引き離す気にはなりませんでした。それに粉屋の方も、貧しいということを除けば何も悪いことをしていなかった若者に、ものすごく残酷なことをするつもりもなかったのです。
 
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