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A Dog of Flanders 8 フランダースの犬
Ouida ウィーダ
AOZORA BUNKO 青空文庫
けれども、やっぱりアロアは仲良しの友だちから遠ざけられる機会が多くなりました。ネロは、自尊心が強く、おとなしく、敏感な少年でしたので、すぐに傷つきました。そして、ひまさえあればいつも丘の上にある風車小屋に出かけて行っていたのに、ぱったりと行くのをやめてしまいました。むろん、パトラッシュも連れて行ってもらえなくなりました。
何が粉屋を怒らせたのか、ネロには本当のことは分かっていませんでした。ネロは、草むらでアロアの絵を描いていたことが、何かの理由でコゼツのだんなを怒らせたのだと思いました。そして、ネロのことが大好きだったアロアがネロに助けを求めて、ネロの手を取ってきたとき、ネロはとても悲しげに彼女に微笑み、やさしくアロアのことを心配して言いました。「だめだよ、アロア。お父さんを怒らせてはいけないよ。
アロアのお父さんは、ぼくがアロアを怠け者にすると思っているんだよ。アロアがぼくと一緒にいると、お父さんは不愉快に思うよ。
アロアのお父さんは、いい人で、アロアのことを、とって愛しているじゃないか。ぼくたち、お父さんを怒らせないようにしなくっちゃ、アロア」
そうはいったものの、ネロは悲しくてしかたありませんでした。日が昇ってパトラッシュといっしょにポプラの並木道を歩くとき、世界は昔ほど輝いて見えませんでした。
古い赤い風車小屋は、ネロにとって目印でした。ネロは行き帰りの途中でそこで立ち止まったものでした。というのは、アロアがいつも小さい亜麻色の頭を製粉場の低い木戸からのぞかせ、にこやかにあいさつしてくれるからでした。そして、アロアは小さいバラ色の手で、パトラッシュに肉のついた骨やパンの皮を投げてくれるのでした。
今や、犬は物足りなそうに閉じた扉を見ました。そして、少年は心にはげしい痛みを感じながら、立ち止まらずに歩き続けました。そして、アロアはストーブのそばにある背の低い椅子に座って編み物をしていましたが、涙がぽたぽたと編み物に落ちるのでした。コゼツのだんなは、粉袋や製粉機に取り囲まれてせっせと働いていましたが、心をいっそうかたくなにしてこうつぶやくのでした。「こうするのが一番いいのだ。
あの若者はほとんど乞食同然だ。おまけに、夢みたいなことばかり考えている怠けものだ。
これから先、どんな間違いが起こるかも知れないからな」
So he was wise in his generation, and would not have the door unbarred, except upon rare and formal occasion, which seemed to have neither warmth nor mirth in them to the two children, who had been accustomed so long to a daily gleeful, careless, happy interchange of greeting, speech, and pastime, with no other watcher of their sports or auditor of their fancies than Patrasche, sagely shaking the brazen bells of his collar and responding with all a dog's swift sympathies to their every change of mood. 粉屋は世慣れていました。そして、ごくまれに、特別のはれがましい儀式のようなことがないかぎり、ネロに対して扉を開けようとはしませんでした。そのような儀式のときは、二人が暖かく笑いあったりするようなことはできませんでした。 二人は、とても長い間毎日楽しく、気兼ねなく、幸せに挨拶したり、話したり、遊んだりしていたのです。そのように二人が飛び跳ねて話したり、遊んだりするときは、パトラッシュだけが見聞きしていました。そうした時は、パトラッシュは二人の気持ちのさまざまな変化を、犬特有の素早さで見抜いて、それに反応して首輪につけた真ちゅう製のベルを鳴らしたのでした。
この間中ずっと、小さい松の板の絵は、カッコウ時計と蝋でできたキリストの像と一緒に、粉屋の家の暖炉棚の上に飾ってありました。ネロは、自分の贈り物は受け入れられたのに、自分自身は拒絶されなければならないというのは、少し厳しいことだ、と時々思うのでした。
けれども、ネロは不満を言いませんでした。おとなしくしているのがネロの習慣でした。年取ったジェハン・ダースは、これまでもネロにこう言ってきました。「わしたちは、貧しいのじゃ。神様がくださるものを、よいものでも悪いものでも、受け取らなければならないよ。貧しい者は、選択をすることができないのじゃよ」
少年は、年とったおじいさんを尊敬していましたので、いつも黙って聞いていました。それにもかかわらず、よく天才少年の心がとらえられる、ある漠然とした、甘い希望がネロの心の中に生まれるのでした。「貧乏人だって、時には選ぶことができるんだ。誰からも『だめだ』なんて言われないように、偉くなることを選ぶことだってできるはずだ」
ネロは今でも無邪気にそう思っていました。 ある日、アロアは運河のそばのトウモロコシ畑でネロが一人でいるところをたまたま見つけると、ネロに駆け寄ってきました。そして、ネロをかたく抱きしめ、はげしく泣きました。というのは、明日はアロアの名前にゆかりのある聖徒祭の日でしたが、アロアの両親は今回はじめてネロを招待しないことにしたのです。この日は皆に夕食が振る舞われ、粉屋の納屋で子どもたちがはしゃぎまわってアロアの聖徒祭を祝うのでした。ネロは、アロアにキスし、心から固く信じた様子でアロアにこう言いました。「いつか、将来、きっと状況は変わるよ。
いつか、アロアのお父さんが持っている小さな松の板の絵が、同じ重さの銀と同じ価値があるようになる日が来るよ。そうなれば、お父さんもぼくに対して扉を閉ざしたりすることはないだろう。
ただ、いつもぼくを好きでいて、アロア。ただ、いつもぼくを好きでいて。そうすれば、ぼくは偉くなってみせる」
「じゃあ、もしも、わたしがあなたのこと、好きじゃなかったら?」 かわいらしいアロアは、女の子によくありがちなことでしたが、目に涙を浮かべて、ネロの気をひくように、ちょっとすねたように尋ねました。
ネロの目はアロアの顔からそれ、遠くをさまよいました。そこには、真っ赤と金色に染まるフランダース地方の夕焼けの中にそびえる、大聖堂の尖塔がありました。
微かな笑みがネロの顔に浮かびました。とてもやさしそうでいて、とても悲しそうな笑顔でしたので、アロアは、はっとしました。
「ぼくはそれでも偉くなるよ」 ネロはそっと小さな声で言いました。「それでも偉くなるか、死ぬかだ。アロア」
"You do not love me," said the little spoilt child, pushing him away; but the boy shook his head and smiled, and went on his way through the tall yellow corn, seeing as in a vision some day in a fair future when he should come into that old familiar land and ask Alois of her people, and be not refused or denied, but received in honor, whilst the village folk should throng to look upon him and say in one another's ears, "Dost see him? He is a king among men, for he is a great artist and the world speaks his name; and yet he was only our poor little Nello, who was a beggar as one may say, and only got his bread by the help of his dog." 「あなたは私のこと、好きじゃないのね」 ネロを押しのけて、小さい駄駄っ子は言いました。 けれども、ネロは首を振って、微笑みながら高い黄色く色づいたトウモロコシ畑を歩いて行きました。ネロは、こんな空想をしながら歩いていたのです。 いつか遠い将来、故郷に戻ってきて、アロアの両親にアロアをお嫁さんにもらいたいと申し込むんだ。すると、断られたりせずに、喜んで受け入れてもらえる。一方、村の人は、みんなぼくを見ようとして群がってきて、互いにこう話している。「あの男を見たかい? あの男は、まるで王様のようなものだよ。何と言ったって彼は偉大な芸術家で、世界中に名前が響きわたっているのだから。けれどもあの男は、昔は貧しい、あのネロ少年だったんだよ。乞食同然で、飼い犬に助けられてやっと食べていけた、あの子なんだよ」
And he thought how he would fold his grandsire in furs and purples, and portray him as the old man is portrayed in the Family in the chapel of St. Jacques; and of how he would hang the throat of Patrasche with a collar of gold, and place him on his right hand, and say to the people, "This was once my only friend;" and of how he would build himself a great white marble palace, and make to himself luxuriant gardens of pleasure, on the slope looking outward to where the cathedral spire rose, and not dwell in it himself, but summon to it, as to a home, all men young and poor and friendless, but of the will to do mighty things; and of how he would say to them always, if they sought to bless his name, "Nay, do not thank me--thank Rubens. そして、おじいさんには毛皮のついた、紫色の服を着せてあげて、聖ヤコブ教会の礼拝堂にある、「聖家族」の肖像画みたいな絵を描こう。それから、パトラッシュには、金の首輪をかけてやって、右側に座らせるんだ。そして、みんなにこう言うんだ。「かつては、この犬がわたしのただ一人の友だちでした」と。 それから、大聖堂の尖塔がそびえて見えるあの丘の斜面の上に、大きい白い大理石の宮殿を建てて、すばらしく華やかな庭園を造ろう。でも、自分で住むんじゃなくて、何か立派なことをしたいと思っている、貧しくて友だちのいない若者たちを呼び寄せて住まわせてあげるんだ。そして、若者たちがぼくを賛美しようとしたら、いつもこう言うんだ。「いや、感謝するならぼくにではなく、ルーベンスに感謝してください。
Without him, what should I have been?" And these dreams, beautiful, impossible, innocent, free of all selfishness, full of heroical worship, were so closely about him as he went that he was happy--happy even on this sad anniversary of Alois's saint's day, when he and Patrasche went home by themselves to the little dark hut and the meal of black bread, whilst in the mill-house all the children of the village sang and laughed, and ate the big round cakes of Dijon and the almond gingerbread of Brabant, and danced in the great barn to the light of the stars and the music of flute and fiddle. ルーベンスがいなかったら、ぼくはどうなっていたか、分からないんだから」 こうした美しい、とても実現できそうもない、けれども無邪気で自分の欲を離れた、ただただルーベンスへの英雄的なあこがれに満ちた夢は、歩いているとき、ネロはとても身近に感じていました。悲しいアロアの聖徒祭の日でさえ、ネロは幸せでいられました。その日、ネロとパトラッシュは二人きりで小さい、暗い小屋に帰り、黒パンの夕飯をとりました。一方、粉屋には、村中の子どもたちが歌ったり笑ったり、ディジョンの丸い大きなお菓子や、ブラバントのアーモンド入りのしょうがパンを食べたりしました。そして、大きな納屋の中で星の光に照らされて、フルートやバイオリンの音楽と一緒に踊ったりしていました。
「気にすることはないよ、パトラッシュ」 ネロはパトラッシュと二人で小屋の戸口に座って、犬の首を抱きしめてそう言いました。粉屋の家のにぎやかなお祝いの音が、夜風に乗って小屋まで聞こえてきました。「気にすることはないんだ。
ネロは、未来を深く信じきっていました。ネロよりもっと人生経験を積んできて、世の中というものをもっと達観して見ていたパトラッシュは、今日招かれなかった粉屋のごちそうは、将来実現するかどうか分からないミルクやはち蜜の夢で埋め合わせできるものではない、と思いました。
だからパトラッシュは、コゼツのだんなの家のそばを通り過ぎるときは、いつも吠えるのでした。
Copyright (C) Ouida, Kojiro Araki