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The Old Man and the Sea 18 老人と海


Ernest Miller Hemingway アーネスト・ヘミングウェイ
AOZORA BUNKO 青空文庫
彼は舳先のぼろぼろの板にもたれて、できるだけ楽に休んだ。
空には星が出始めていた。
彼は星の名を知らなかったが、オリオン座のリゲルを見つけ、じきに他の星たちもみな出てくるだろうと分かった。星々は、遠いところにいる友人たちだ。
「奴も仲間だ」彼は声に出して言った。
「あんな魚、見たことも聞いたこともない。だが俺は奴を殺す。幸い、星を殺さなければいけないわけじゃない」
 人間が毎日、月を殺そうとしなければならないとしたら。彼は考えた。
月は逃げていく。太陽を殺さなければいけないとしたら? 
そう考えると、俺たち漁師は幸運だな。
 彼は、何も食べていない魚を気の毒に思った。しかしその哀れみの中でも、魚を殺すという決意が揺るぐことはなかった。
奴の肉は、どれだけの人間の食料になるだろう。彼は考えた。
しかし、奴を食うだけの価値がある人間はいるのだろうか。いない。無論、いない。
あのふるまい、あの立派な尊厳を誇る奴を、食う価値のある奴など一人もいない。
 本当にそうかは分からん。彼は思った。
だが、太陽や月や星を狙わなくて済むのはありがたいことだ。
海に生きて、本当の兄弟を殺す。それで十分だ。
 彼は考えた。今は、オールを船の足枷にすることを考えなければ。リスクはあるが利点もある。
もしも奴が頑張ろうとして、オールの足枷がうまく働いて、船が軽快さを失ったとしたらどうだ。
ロープを出し切って、奴を逃がすかもしれない。船が軽快であれば、双方とも苦しみが長引く。だがそちらのほうが安全だ。奴はまだ全力のスピードを出していないんだからな。
どうなるにしても、シイラが悪くならないように腸抜きをして、多少は腹に入れておくんだ。力をつけるために。
 もう一時間休んで、奴がしっかり落ち着いてるのを確認してから、仕事をしに船尾に戻ろう。そして決断をしよう。
それまでに、奴がどう動くか、どう変化するかを見極める。
オールを使うのはいい手だ。だが、いまや安全のほうを考える時かもしれん。
奴は大した魚だ。鉤は口の端に引っかかっていたが、堅く口を閉じたままだった。
鉤など苦痛じゃないんだ。
空腹の苦痛と、自分が何と戦ってるのか分からない苦痛、これが全てだ。
爺さん、今は休め。次の仕事の時までは、奴に働かせておこう。
 老人はしばらく休んだ。二時間ほど経ったようだった。
月の出も遅い季節だから、時間を知る術はない。
それに、比較的楽をしただけで、本当に休んではいなかった。
まだ肩で魚の引きを支え続けているのだ。彼は舳先の船べりに左手をついて、魚に抵抗する力をできる限り船に任せようとしていた。
 ロープを船に固定してしまえるなら、そんなに楽なことはない。彼はそう考えた。
だがそれでは、奴のちょっとした動きで切られてしまう。
俺の体でロープの引きを緩和して、いつでも両手でロープを送ってやれるようにしておかなければ。
「しかし爺さん、お前は寝てない」彼は声に出して言った。
「半日と、一晩と、さらに一日。そのあいだ寝ていない。奴が落ち着いて静かにしているうちに、何とかして少し眠らなければ駄目だ。
眠らずにいると、頭が鈍ってくるからな」
 俺の頭は十分冴えてる。彼は思った。冴えすぎだ。
兄弟分の星たちと同じくらい冴えてる。だが眠らなくては。
星も眠るし、月も太陽も眠る。海だって、流れも風も無い凪の時には眠ってるんだ。
 眠るのを忘れちゃいけない。彼は思った。
ちゃんと眠って、ロープのほうは簡単で確実な方法を何とか考えなきゃいかん。
さあ、船尾に戻ってシイラをさばくんだ。
眠るなら、オールを船の足枷にするのは危険すぎる。
 眠らなくたって戦える。彼は自分に言った。だが、それは危険なことだ。
 
Copyright (C) Ernest Miller Hemingway, Kyo Ishinami
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