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The Old Man and the Sea 19 老人と海


Ernest Miller Hemingway アーネスト・ヘミングウェイ
AOZORA BUNKO 青空文庫
 魚を強く引いてしまわないように注意しながら手と膝をついて、船尾のほうへ移動し始めた。
奴は半分眠ってるのかもしれん。彼はそう思った。奴を休ませたくはないな。死ぬまで引き続けてもらおう。
 船尾に戻ると、肩にまわしたロープを左手で持ち、右手でナイフを鞘から出した。
星々が明るく輝き、シイラがはっきりと見える。彼はシイラの頭に刃を突き立て、船尾の陰から引っ張り出した。
片足で魚を押さえ、肛門から下顎の先までに手早くナイフを入れる。
それからナイフを置いて、右手で腸を抜く。中をきれいにし、エラも取ってしまった。
その胃は重く、両手から滑り落ちそうだった。胃を切り開くと、中には二匹のトビウオが入っていた。
新鮮で身が締まっている。それを傍らに並べ、内臓とエラは船尾の向こうに放り投げた。
燐光を発し、水中に軌跡を描きながら沈んでいく。
シイラは冷たく、星の光の下では癩のように灰色に見えた。魚の頭を右足で押さえながら片側の皮を剥ぎ、
ひっくり返して、反対側の皮を剥いだ。それから、両側の頭から尾まで刃を入れ、身を切り取った。
 彼はシイラの残骸を船の外に投げ、水に渦ができるかどうかを観察した。
しかし、ゆっくりと沈んでいく光が見えただけだった。
彼は体の向きを変え、二匹のトビウオをシイラの切り身二枚で挟んだ。そしてナイフを鞘に戻し、ゆっくりと舳先に戻り始める。
彼の背中はロープの重みで曲がっていた。右手には魚を握っている。
 舳先に戻ると、彼はシイラの切り身とトビウオとを板の上に並べた。
それから肩にかけたロープの位置をずらし、船べりに乗せた左手で再びロープを押さえた。
そして、船から身を乗り出して海水でトビウオを洗いながら、水の抵抗の強さによって速度を測った。
シイラの皮をいじったせいで、彼の手は燐光を放っている。彼はその手に当たる水の流れに集中した。
流れの勢いは弱まっている。船の外側に手をこすりつけると、光の欠片が水面に舞い落ちて、ゆっくりと船尾のほうへ流れていった。
「奴は疲れているのか、それとも休んでいるのか」老人は言った。「俺もシイラを食って、ひと休みして少し眠ろう」
 星空の下、深まってゆく夜の冷え込みの中で、彼はシイラの切り身を半分食べた。それから、腸抜きをして頭を切り落としたトビウオを、一匹だけ食べた。
「料理して食う分には、シイラは最高の魚だ」彼は言った。「だが生では最低だ。次からは必ず、塩かライムを用意することにしよう」
 もう少し知恵があれば、昼の間に舳先に水をまいて乾かして、塩が取れたところだ。彼は思った。
ただ、シイラが釣れたのはほとんど日が暮れてしまった頃だったな。
それにしたって準備不足だ。
しかし、しっかり噛んで食べたし、吐き気があるわけでもない。
 東の空が曇り始めた。知っている星が、一つ、また一つと消えていく。
雲でできた大峡谷に船が突っ込んでいくかのようだった。風はやんでいた。
「三日か四日したら、天気が悪くなりそうだ」彼は言った。
「だが今日明日の問題じゃない。魚が落ち着いてるうちに、爺さんは寝る支度だ」
 彼はロープを右手でしっかり握り、右手の上に太腿を乗せて押さえた。全体重を舳先の板にかける。
それから、肩にまわしたロープを少し下にずらし、左手でそれを握った。
 こうしておけば俺の右手が押さえていられる。彼はそう考えた。
もし眠っていて右手が緩んでも、ロープが動けば左手が気づくはずだ。右手には苦労をかける。
だがこいつは酷使されることに慣れてるからな。二十分でも三十分でも眠れればありがたい。
彼は上体を前に倒して体重を右手の上に乗せ、自分の体でロープを押さえた。そして彼は眠った。
 夢に出てきたのはライオンではなく、イルカの大群だった。交尾期のイルカの群れが、八マイルか十マイルほども広がっていた。イルカたちは高く跳ね、水面にできた穴にまた潜っていった。
 次の夢では、彼は村にいて、自分のベッドに寝ていた。強い北風が吹いてとても寒く、枕代わりにしている右腕がしびれていた。
 その後の夢には、黄色く広い砂浜が出てきた。夜明けの暗い浜に、一匹目のライオンが下りてくる。他のライオンたちもそれに続く。彼は舳先に顎を乗せて見ていた。船は晩の陸風の中で停泊している。彼は幸せな気分で、ライオンがもっと現れるのではないかと待っていた。
 月が出てからしばらく経ったが、老人は眠り続けていた。魚は変わらず引き続け、船は雲のトンネルの中に入っていった。
 右の拳が引っ張られて顔にぶち当たり、彼は目覚めた。ロープは右手を焼く勢いで走り出る。
左手は何も感じていない。右手に全力を込めてロープを止めようとしたが、勢いは抑えられない。
やっと左手がロープをつかむ。体重を後ろにかけると、今度はロープが背中と左手を焼く。引っ張る力の全てがかかり、左手をひどく切ってしまった。
振り返って見ると、巻いてあるロープがするすると流れ出ている。
その時、魚が水面を爆発させるように飛び上がり、また派手に落下した。
 
Copyright (C) Ernest Miller Hemingway, Kyo Ishinami
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