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The Old Man and the Sea 28 老人と海


Ernest Miller Hemingway アーネスト・ヘミングウェイ
AOZORA BUNKO 青空文庫
サメがガタガタとぶつかるたび、肉が剥ぎ取られていったのが彼には分かっていた。いまや魚は、海中に匂いで航跡を描き、全てのサメを引き寄せる広い道を作っているかのようだった。
 売ればひと冬暮らせるほどの魚だった。彼はそう思った。いや、考えるな。
今はただ休んで、残りを守れるように両手を治せ。
両手から血の匂いがするが、水中に広がってる匂いと比べれば何でもない。
それに、大して血が出ているわけじゃないんだ。とりたてて騒ぐような傷はどこにも無い。血を出した分、左手が引きつらなくなるかもしれない。
 今の俺は何を考えられるだろう、と彼は考えた。何も無い。考えることなど無しに、次の奴を待つだけだ。
全てが夢だったら良かった。彼はそう思った。いや、分からない。良い結末が待っているかもしれないんだ。
 次に来たのは、シャベル鼻のサメ一匹だった。飼い葉桶に寄ってくる豚のようだ。ただ、人の頭が入るほど大きな口は、豚には無い。
老人はサメにそのまま魚を襲わせ、それからサメの脳を目がけてオールの先のナイフを打ち込んだ。
サメが体をねじり、後ろにのけぞると、ナイフの刃はパチンと折れた。
 老人は座って舵を取った。水中にゆっくり沈んでいく大きなサメのほうは見ようともしなかった。最初は実物大だったサメが、だんだん小さく、ちっぽけになっていく。
いつも老人を魅了する光景だ。だが今の彼は、それに一瞥もくれなかった。
「まだ手鉤がある」彼は言った。「だが役に立たないな。他にあるのは、オールが二本と、舵棒と、短い棍棒だ」
 打ちのめされたな、と彼は思った。棍棒でサメを叩き殺せるほど俺は若くない。
しかしできる限りのことはしよう。オールと棍棒と舵棒はあるんだ。
 彼は再び両手を水にひたした。日暮れが近づいていて、海と空以外何も見えない。
空では風が強くなってきた。じきに陸地が見えるようならありがたい。
「疲れたな、爺さん」彼は言った。「芯から疲れてる」
 サメがまた彼を襲ったのは、日没の直前だった。
 茶色の背びれが近づいてくるのが見えた。水中に魚が描き続けている幅広い航跡をたどって来たのだろう。
匂いを探し回ることもない。二匹並んで、船に向かってまっしぐらに進んでいた。
 彼は舵棒を固定し、帆綱を結ぶと、船尾に手を伸ばし棍棒を取った。
それは、折れたオールの柄を二フィート半ほどの長さに切ったものだった。
握りの部分があるので、片手で持たないと上手く扱えない。彼は右手でそれを握りしめ、手首をしならせながら、近づいてくるサメを見つめた。
二匹ともガラノーだ。
 まず一匹目にしっかり噛み付かせよう。そしてその鼻先に、さもなければ頭のてっぺんに、お見舞いしてやるんだ。彼はそう考えた。
 二匹のサメが共に近づいて来る。先に来たほうが顎を開き、魚の銀色の腹に歯を食い込ませるのが見えた瞬間、彼は棍棒を高く上げ、勢い良く振り下ろした。サメの広い頭に強く叩きつける。
ゴムを打ったような手ごたえだ。
だが硬い骨の感触もある。ずり落ちていくサメの鼻先を、彼はもう一度思い切り叩いた。
 姿を現したり隠れたりしていた二匹目のサメが、今度は顎を大きく広げながら出てきた。
魚に襲いかかって顎を閉じると、その顎の端から白い魚肉がこぼれるのが見える。
老人はサメを叩いたが、ただ頭部を打ったにすぎず、サメは彼を見ながら肉を食いちぎった。
サメが滑り落ちながら肉を飲み込むところに、老人は再び棍棒を振り下ろした。棍棒は、重く硬いゴムを打ったようだった。
「来い、ガラノー」老人は言った。「もう一度来てみろ」
 サメは突進してきた。その顎が閉じられた瞬間、老人がサメを打った。できる限り棍棒を高く上げ、強く叩いたのだ。
今度は、脳を支える骨を打った感触があった。魚肉を口にしたまま、弛緩した様子でサメがずり落ちていく。彼はもう一度同じ場所を叩いた。
 老人はさらなる攻撃を待ち構えた。しかし、どちらのサメも現れなかった。
やがて、一匹が水面に輪を描いて泳ぎまわるのが見えた。もう一匹の背びれが見えることは無かった。
 死んだとは思えないな、と彼は思った。若い頃なら殺せたんだが。
しかし二匹とも相当の痛手を負っただろう、平気ではないはずだ。
両手でしっかり棍棒を握れば、一匹目は間違いなく仕留められた。今の俺でもな。彼はそう考えた。
 魚のほうは見たくなかった。魚の体の半分が損なわれてしまったことは分かっている。
サメとの戦いの間に、太陽は沈んでしまっていた。
 
Copyright (C) Ernest Miller Hemingway, Kyo Ishinami
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