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The Old Man and the Sea 27 老人と海
Ernest Miller Hemingway アーネスト・ヘミングウェイ
AOZORA BUNKO 青空文庫
この言葉は翻訳できない。きっと、両手を釘で貫かれ板に打ちつけられた時に、人が思わず発してしまうような声だ。
最初のサメの後ろに、第二のサメの尾びれが見えた。茶色い三角形のひれと、払うような尾の動きから、シャベル鼻のサメだと分かった。
二匹は匂いを嗅ぎつけて興奮していた。空腹のあまり頭が働かなくなって匂いを見失ったり、また見つけて大興奮したりしながら、確実に船へと近づいていた。
老人は帆綱を結び、舵棒を固定した。そして、ナイフを縛り付けたオールを手に取った。
両手があまりにも痛むので、できるだけ静かに持ち上げる。
オールを持つ両手をそっと開いたり閉じたりして、痛みをほぐそうとした。
痛みに耐えられるように、ひるんでしまわないように、彼は両手を固く握り、近づくサメを見つめた。
シャベルの刃のように平らで広い頭と、先端が白くなった大きな胸びれが見える。
こいつらは憎むべきサメだ。ひどい臭いを放ちながら、殺しもやるし、腐肉あさりもする。腹が減っていればオールにでも舵にでも噛み付いてくる。
海面に浮かんで眠っている亀の、足を噛みちぎっていく奴らだ。泳いでいる人間だって、たとえ魚の血やぬめりの匂いが体についていなくても、空腹時の奴らにとっては標的となる。
「アイ」老人は言った。「ガラノーめ。来い、ガラノー」
サメは来た。しかし、さっきのアオザメのようには来なかった。
一匹が体をくねらせ、船の下に隠れる。老人は船が揺れるのを感じた。がたがたと魚が引っ張られている。
別の一匹は、細長く黄色い眼で老人を注視していたが、半円形の口を開き、素早く魚を襲った。既に傷ついている部位に噛みつく。
サメの茶色い頭と背中の、脳と脊髄が繋がるあたりには、はっきりと線が浮き出ていた。老人はオールの先のナイフをその繋ぎ目に打ち込み、引き抜き、次に、猫のような黄色い眼に突き刺した。
サメは魚を放して滑り落ちる。噛みちぎった肉を飲み込みながら、それは死んだ。
船はまだ揺れ続けていた。もう一匹が魚を襲っているのだ。老人は帆綱の固定をほどいて船の向きを変え、下にいたサメの姿を暴いた。
それが見えた瞬間、彼は身を乗り出してサメを打った。
しかし、肉を叩いただけだった。皮が硬く、ナイフはわずかしか入らない。
サメは素早く頭を突き出してくる。その鼻が水面から現れ、魚に襲いかかった時、老人はサメの平らな頭の中心を正面から打った。
それでもサメは、顎で魚にぶら下がっている。老人はサメの左眼を刺した。サメはまだ放さない。
「まだか?」老人はそう言いながら、脊椎と脳の間に刃を突き立てた。
今度は狙うのも簡単だ。軟骨が裂ける感触が分かった。
老人はオールを返し、刃の先をサメの口に突っ込んでこじあけた。
オールをひねり、サメが滑り落ちると、彼は言った。「じゃあな、ガラノー、海底まで一マイルだ。友達に会いに行くがいい。いや、もしかするとお袋だったか」
「四分の一は取られたな。一番いい所をやられた」彼は声に出して言った。
「夢なら良かった。こいつを釣り上げたのも夢なら。なあ、悪かったな。釣らなきゃ何も悪いことは起きなかった」
血は抜け、波に洗われ、魚は鏡の裏側のような銀色に見えた。ただ縞模様はまだ残っていた。
「なあ、俺はこんな遠出をしないほうが良かったんだろうな」彼は言った。「お前にとっても俺にとっても。魚よ、悪かったな」
さあ、と彼は心の中で言った。ナイフを縛っているロープが切れていないか、確かめておこう。それから手のほうも何とかする。まだまだ来るからな。
「ナイフを研ぐ石があれば良かったな」オールの端に結ばれたロープを確かめながら、老人は言った。
「石を持ってくれば良かった」持ってくるべきものが色々あったんだ、と彼は思った。
だが持ってこなかったな、爺さん。いや、今は、持っていない物のことを考えてる暇は無いぞ。ある物で何ができるかを考えろよ。
「忠告はありがたいが」彼は声に出して言った。「もうたくさんだ」
彼は舵棒を脇に挟み、両手を水にひたした。船は進んで行く。
「それにしても、今の奴にはずいぶん取られた」彼は言った。
「しかし船は軽くなったぞ」食いちぎられた半身のことは考えたくなかった。
Copyright (C) Ernest Miller Hemingway, Kyo Ishinami