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LITTLE WOMEN 若草物語 6-2

Chapter Six Beth Finds The Palace Beautiful 美しい宮殿 2

Alcott, Louisa May オルコット ルイーザ・メイ
AOZORA BUNKO 青空文庫
ベスは、老人がそのしらべを聞くために、じぶんの部屋の扉を開けることも、新らしい音譜をそなえておいてくれることも、
ローリイが広間にいて女中たちの来るのをおっぱらってくれることも知りませんでした。
ただ、ベスは、じぶんの望みのかなったことを感謝して、まことにたのしかったのであります。
 二三週間たちました。ある日、ベスはおかあさんにいいました。「おかあさん、あたしローレンスのおじいさんに、スリッパを一つ、つくってあげたいの。あたしお礼をしたいんだけど、ほかにどうしていいかわからないんです。」
 おかあさんは、にっこり笑って、「ええ、ええ。つくっておあげなさい。きっとおよろこびになるでしょう。
みんなも手伝ってくれるでしょうし、かかるお金は、おかあさんが出してあげますよ。」と、いいましたが、おかあさんは、ベスがめったにおねだりをすることがないので、今、ベスの望みをかなえてやるのを、とくべつうれしく思いました。
 ベスは、メグやジョウと相談して、型をえらび、材料をととのえて、スリッパをつくりはじめました。
紫紺の布地に、しなやかな三色すみれの花をおいたのが、たいそうかわいいと、みんながいいました。
ベスは、手が器用でしたし、ほとんど朝から晩までかかりきりでしたから、まもなくできあがりました。
それから、ベスはごくみじかい手紙を書き、ローリイに頼んで、ある朝、老人がまだ起きないうちに、こっそり書斎のテーブルの上に、スリッパといっしょに、のせておいてもらいました。
 ベスは、心待ちに、待ちましたが、
その日も、つぎの日の朝も、なんの返事もありません。きっと老人をおこらせたのだと、ベスは心配しはじめました。
けれど、その日の午後、ベスがちょっとお使いに出た帰りに、思いがけないことが起りました。
ベスが家のちかくまで来たとき、四つの頭が客間の窓から、見え、たくさんの手がふられ、いっせいにさけぶ声が耳をうったのです。
「ローレンスさんから御返事よ!」
 ベスは胸をとどろかせながら、いそいで帰って来ました。
すると、姉妹たちは扉口のところに待っていて、ベスをつかまえ、わいわいいいながらかついで、客間へつれていきました。「ほれ、あれよ!」と、みんなが、ゆびさすほうを見たとき
、ベスはうれしいのと、おどろいたのとで、まっさおな顔色になりました。ああ、そこには、小さなキャビネット・ピアノがおいてあって、ぴかぴかしたふたの上に「エリザベス・マーチさん」にあてた手紙がのっていました。
「あたしに?」と、ベスはジョウにつかまり、たおれそうな気がしながら、あえぐようにいいました。ジョウは、手紙をわたしながら、
「読んでちょうだい、わたし読めないわ。へんな気がして、ああ、とてもすてき!」と、ベスはそのおくりものに、すっかりどぎもをぬかれてしまって、ジョウのエプロンに顔をかくしました。
ジョウは、手紙を開きましたが、最初の言葉を見て笑い出しました。そこには、
「マーチさん、親愛なるおくさん」と、書いてあったからです。
「まあいいこと! あたしにも、だれかがそんなふうに書いて手紙くれるといいわ。」と、エミイがいいました。エミイは、こういうむかし風の書き出しは、たいそう上品のように思われました。
「小生これまでに、かず多くスリッパを使用いたし候が、あなたよりおくられしスリッパのごとく、小生に似合うものこれなく、
三色すみれ、すなわち心を安める花は、小生の愛する花にて、やさしきおくり主を常に思い起させてくれるものと存じ候。
よって小生は小生の負債をはらいたく、なにとぞこの老紳士の小さき孫のものたりし、あるものを、あなたにおくることをお許し願い上げ候。
心よりの感謝と祝福をこめて、あなたのよろこんでいる友だちでもあり、いやしき召使の、ジェームス・ローレンス。」
「ねえ、ベス、あなた、じまんしてもいいわ! ローリイが話しだけど、おじいさんは、亡くなったお孫さんがすきで、そのお孫さんのものはちゃんとしまっておおきになるんですって。
そのピアノを、あなたに下すったのよ。大きな青い目をして、音楽が好きなためよ。」 ジョウは、そういって、今までに見たことがないほど、たかぶって、ふるえているベスを、おちつけようとしました。
すると、メグも、「ごらんなさい。このローソク立て、まんなかに金のばらのあるみどり色の絹のおおい、きれいな楽譜かけに、腰かけと、みんなそろってるわ。」と、楽器を開けて、そのきれいなものを見せながらいいました。
そのとき、「さあ、ひいてごらんなさいまし、かわいいピアノの音を聞かして下さい。」と、家族のよろこびにもかなしみにも、いつでも仲間入りする女中のハンナがいいました。
 そこで、ベスがひきました。みんなは口をそろえて、こんないい音は聞いたことがないといいました。
「おじいさんとこへいって、お礼をいわなくちゃいけないわ。」と、ジョウが、じょうだんのつもりでいいました。むろん、はにかみ屋のベスが、ほんとにいくとは思わなかったからですが、
ベスは、「ええ、いくわ、今すぐ」と、いって、庭におり、生垣をくぐり、ローレンス邸の扉を開けてはいっていきました。これには、みんなは、あきれてしまいましたが、
ベスがそれからどうしたかを知れば、もっとおどろいたにちがいありません。
というのは、ベスは書斎の扉をたたき、おはいりという声を聞くと、はいっていき、おどろくローレンスさんのそばへ立ち、手をさし出しながら、「あたし、お礼を申しに来ました。」と、いいましたが、
やさしい老人の目につきあたって、もうあとの言葉が出なくなり、いきなり、老人の首にだきついて、じぶんの唇をあてました。
 老人は、たとい、屋根がふいにふきとばされても、もっとおどろきはしないでしょう。老人は、すっかりおどろきましたが、それがうれしく、そのかわいい唇づけで、いつものふきげんは消えうせてしまいました。
老人は、ベスをじぶんのひざの上にのせて、そのしわだらけのほおを、ベスのばら色のほおにすりよせ、まるでじぶんのかわいい孫娘が、生きかえって来たような気持になりました。
ベスは、そのときから、もう老人をこわがらなくなりました。そして、まるで生れたときから、ずっと知っている人に話すように、やすらかな気持で話しました。なぜなら、愛はおそれをおいのけ、感謝は誇りをおしつぶすからです、
ベスが家へ帰るとき、老人は門まで送り、あたたかい握手をしてくれました。そして、いかにもりっぱな軍人らしく帽子に手をかけて、敬礼をし、堂々とひきかえしていきました。
 姉妹たちは、そのありさまを見て、おどろくとともに、うれしくてたまりません。ジョウは、じぶんの満足をあらわすために、おどりあがってダンスをはじめ、エミイはびっくりして、窓からころげおちそうになり、メグは手をあげて叫びました。「まあ、この世の中は、とうとうおしまいが来たようね!」
 
Copyright (C) Louisa May Alcott, Masaru Mizutani
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