HOMEAOZORA BUNKOThe Adventures of Sherlock Holmes

ホーム青空文庫シャーロック・ホームズの冒険

※本文をクリック(タップ)するとその文章の音声を聴くことができます。
  右上スイッチを「連続」にすると、その部分から終わりまで続けて聴くことができます。
で日本語訳を表示します。
※ "PlayBackRate" で再生速度を調節できます。

The Adventures of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの冒険

A Case Of Identity 花婿失踪事件 2

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
「ホームズ先生、わたくしのことをすでにご存じで?」と声を張り上げ、「でなければいったいどうやって……」
「お気になさらず。」とホームズは笑いながら、「物事を知っているのが僕の仕事、
他人の見落とすところがわかるよう心掛けている、といったところで。
でなければ、どうしてあなたがこちらへご相談へお越しに。」
「は、はい、こちらへ参りましたのは、先生のことをエサリッジの奥さまよりうかがいまして。あの方のご主人をやすやすとお見つけとか。警察も亡くなられたものとしていらしたのに。
ええ、ホームズ先生、なにとぞわたくしにもお力添えを。
裕福ではありませんが実入りも年に百ドルありますし、それにタイプ打ちも少しの足しには。これをみな先生に差し上げます、ホズマ・エインジェルの行方がわかるのなら。」
「お越しの際、どうしてあれほどお急ぎに?」と訊ねながら、ホームズは指先を突き合わせ、目を天井に。
 またもや驚きの表情が、メアリ・サザランド嬢のいくぶん変化の乏しい顔に現れる。
「そうですの、わたくし、うちを飛び出してきました。ほんとに腹が立って、あんなにのんきにして、ウィンディバンクさん――あっ、わたくしの父で――まったくもう、
警察には行きたくない、こちらへもうかがいたくない、それで結局何もしないのに、何も事件なんて起こってないのだから、ってばかり言って。それでわたくし、気が気でなくなって。取るものもとりあえず、まっすぐこちらへ。」
「お父上、」とホームズ。「義理の、ですね。名前が違います。」
「ええ、義父ですの。
父と言うのもおかしいくらいで、わたくしと五年と二ヶ月年上なだけなんですの。」
「お母上はご壮健で?」
「ええ、もう元気で丈夫で。
でも心から喜んで、とも言えない事情がありまして、ホームズ先生、その母が父の死後すぐ再婚しまして。それも本人より一五も年若い男とだなんて。
父はトテナム・コート通りの配管業で、そのあと結構な店が残ったのですが、母は現場頭のハーディさんと続けておりました。ところがウィンディバンクさんがやってくると、その店を母に売らせてしまって。自分はものすごい、ワインの外商をしているとかで。
店は暖簾と上がりで四七〇〇ポンドになりましたが、父が生きていたらこんなはした額で売るなんてけっして。」
 私の予想では、シャーロック・ホームズはこの締まりのないこんがらがった話にいらだっているはずだったのだが、反対にできるだけ気を集中させて聞いているのだった。
「ご自身のささやかな収入とは、その店が元で?」
「いいえ先生、まったく別物で、オークランドにいる伯父のネッドが遺産でわたくしにと。
ニュージーランドの株で、配当が四分五厘、
額面は二五〇〇ポンドなのですが、わたくしは利回りにしか手を付けられません。」
「極めて興味深いお方だ。」とホームズ。
「では、年百ほどの大金が入り、加えてご自身の稼ぎもあるなら、少しばかりご旅行や色々と余裕もおありのことでしょう。
独り身の女性ならきっと六〇ポンドほどの収入でかなり結構やっていけますから。」
「わたくしなら、もっと少なくっても。先生、ですがうちにいるとはいえ脛《すね》をかじりたくございませんから、お金の扱いについては、一緒にいるあいだだけは預けております。
もちろんほんの当分のことですわ。
ウィンディバンクさんはその利回りからいつも四分の一引き出して、そのまま母に渡しておりまして、わたくし自身は、自分がタイプ打ちで稼いだ分でちゃんとうまくやってゆけますから。
一枚二ペンスいただけて、日に一五から二〇枚はだいたい。」
「現在のお立場はよくわかりました。」とホームズ。
「こちらは友人のワトソン博士、彼の前では僕同様、気兼ねなくお話を。
さて次のご質問ですが、できればそのホズマ・エインジェルさんとあなたとのご関係を。」
 紅いものがさっとサザランド嬢の顔によぎり、上着の裾を気遣わしげにつまんで、
「出会いはガス工組合の舞踏会の折でした。」と話し出す。
「組合は父が存命中よく招待状を送ってくださいまして、その後も忘れずに母とわたくしへと。
けれどもウィンディバンクさんはわたくしどもが行くのを承知せず、
それどころか外出すらよく思っていなかったのです。
たとえば日曜学校学校の催しなどに行きたがろうものなら、もう気も狂わんばかりで、
ですがわたくし、今度ばかりは行く、ぜひ行くって。別にあの人に留め立てする権利はございません。
知り合う値打ちのない奴らばかりだと言いますが、父のご友人の方々もいるはずなんですから。
お前には着る服もないだろうと言われましたので、今まで箪笥にしまい込んでいた紫のフラシ天を出してやりましたわ。
とうとう何も言うことがなくなって、あの人も所用でフランスへ出払ったものですから、母とわたくしと、現場頭でしたハーディさんとで参りました。そこでホズマ・エインジェルさんに会いましたの。」
 するとホームズは、「では、そのウィンディバンクさんがフランスから帰ってくると、あなたが舞踏会へ出たので大いにご不満だったでしょう。」
「いいえ、それがずいぶん嬉しそうで。
確か笑って肩をそびやかして。女ってやつはダメだと言ってもしようのない、思うようにやってしまうのだから、って言いましたの。」
「なるほど。そのときガス組合の舞踏会でお会いになった紳士の名は、ホズマ・エインジェルで間違いありませんね。」
「ええ、先生。その夜に出会って、次の日には、無事でお帰りですかと、うちを訪ねておいでで。そのあとも会いまして――つまりホームズ先生、二度散歩をご一緒しまして、そのあと父が戻ってきまして、ホズマ・エインジェルさんは以後うちには来られなくなりました。」
「一度も?」
「そうですの、ほら父はこんなこと大嫌いでございますから、
できることなら客を入れたくないという主義で、口癖のように、女というものは自分の家庭の輪にいるのが幸せだと。
とは言いましても、母にも申し上げましたが、女はそもそも自分の輪が欲しいものなのに、わたくしには自分のものがないんですもの。」
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Asatori Kato, Yu Okubo
主な掲載作品
Sherlock Holmes Collection
The Adventure Of The Copper Beeches ぶな屋敷 NEW!!
The Adventure Of The Beryl Coronet 緑柱石の宝冠 NEW!!
The Adventure Of The Noble Bachelor 独身の貴族 NEW!
The Adventure Of The Engineer's Thumb 技師の親指 NEW!
The Boscombe Valley Mystery ボスコム渓谷の惨劇 NEW!
The Sign of the Four 四つの署名 NEW!
The Reigate Puzzle ライゲートの大地主
The Crooked Man 背中の曲がった男
The Adventure Of Charles Augustus Milverton チャールズ・オーガスタス・ミルヴァートン
Silver Blaze 白銀の失踪
The Adventure Of The Solitary Cyclist 孤独な自転車乗り
The Gloria Scott グロリア・スコット号
The Yellow Face 黄色い顔
The Resident Patient 入院患者
The Adventure Of The Sussex Vampire サセックスの吸血鬼
The Stock-Broker's Clerk 株式仲買人
The Adventure Of The Three Students 三人の学生
The Adventure Of The Norwood Builder ノーウッドの建築家
The Adventure of the Devil's Foot 悪魔の足
A Case Of Identity 花婿失踪事件
The Man With The Twisted Lip 唇のねじれた男
The Five Orange Pips オレンジの種五つ
A Study In Scarlet 緋色の研究
The Adventure Of The Empty House 空き家の冒険
The Adventure Of The Dying Detective 瀕死の探偵
The Adventure Of The Blue Carbuncle 青い紅玉
The Adventure Of The Dancing Men 踊る人形
The Adventure Of The Speckled Band まだらのひも
A Scandal In Bohemia ボヘミアの醜聞
The Red-Headed League 赤毛組合
QRコード
スマホでも同じレイアウトで読むことができます。
主な掲載作品
Sherlock Holmes Collection