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Sherlock Holmes Collection シャーロック・ホームズ コレクション

A Study In Scarlet 緋色の研究 第一部 第一章 2

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
 ホルボーンを後にして病院へ向かう道中、スタンフォードは私が同居人と決め込んだ紳士について二三、突っ込んだ話をしてくれた。
「馬が合わなかったからって、僕のせいにしないでくれよ。実験室でたまに顔を合わせるくらいで、それ以上のことは知らないんだから。
君が決めたことなんだから、絶対責任を押しつけるなよ。」
「馬が合わねば、別れるまでだ。どうもな、スタンフォード。」
と私は相手を険しい目で見つめながら、話を続ける。「君はこの件に乗り気ではないみたいだ。
その男、気性が荒いとか、何かあるんじゃないか? 
遠回しな話はなしだ。」
 スタンフォードは笑い、「弱ったな、どう言えばいいやら。
ホームズってやつはちょっと科学がすぎるんだよ――冷血と言ってもいい。
たとえば、彼が友人に新発見の植物性アルカロイドを一服盛るとか、ありそうだね。もちろん悪意じゃなくて、単に精密な効能が知りたいがための探求心から来てるというんだから。
本人の名誉のために言い添えると、そのためなら自分が飲むことだってやりかねない。
こと厳密正確な知識に熱を上げているんだ。」
「結構じゃないか。」
「まあ、でも度が過ぎるとね。
解剖室のなか、死体をステッキで叩いてまわると聞けば、その変人ぶりもわかってくるだろう?」
「死体を叩く!」
「そう、死後どの程度の時間まで打撲傷が現れるかの実証だとさ。
現場をこの目で見たよ。」
「それでも医学生でないと?」
「ああ。その研究の目的も、神さましかわからない。
まあ着いたから、人となりを自分で確かめることだね。」
かくして我々は小道へ入り、大病院の一棟へ向かう小さな裏口をくぐった。
私にはなじみの場所だから、案内もなく、殺風景な階段を上り、漆喰の壁とくすんだドアの続く長い廊下を進んでいった。
突き当たりの前に、低いアーチ型の天井がついた廊下が分岐していて、実験室に至るのである。
 そこは天井の高い部屋で、ガラス瓶が並んだり散らかったり、数限りなかった。
足の低い大机があちこちにあり、上にはレトルトや試験管、青火揺らめく小型のブンゼン・バーナーなどが散らかっている。
部屋にいたのはひとりの研究者で、奥の机にのめる恰好で、研究にいそしんでいた。
我々の足音に振り返ると、うれしい声をあげ、上体を起こした。
「発見! 発見だ!」と男は私の連れに声を張り、手に試験管を持って走ってきた。
「ヘモグロビンに沈殿し、それ以外には反応しない試薬を発見した。」
たとえ金鉱を掘り当てたとしても、これほど喜びに満ちた顔はできないだろう。
「ワトソン博士だ、シャーロック・ホームズくん。」とスタンフォードは私を紹介してくれた。
「初めまして。」と誠意のこもった声で、男は私の手を信じがたいほど固く握りしめた。
「アフガニスタン帰り、ですね。」
「どうしてそのことをご存じで?」と私は驚きのあまり聞き返した。
 男はにやりとして、「お気になさらぬよう。
当座の問題はヘモグロビンです。
この我が発見がいかに重要かおわかりになりますね?」
「もちろん化学的に興味深くはあるが、実用の面では……」
「そんな、これは近年、もっとも実用的な法医学上の発見なのです。
なんとこれでようやく血痕検出の完全無欠な方法が。さあこちらへ!」
と男は夢中で私のコートの袖をつかみ、研究をしていた机へ私を引きずっていった。
「鮮血を採取して。」と男は自らの指に長い針を刺し、流れ出た血のひとしずくを実験用ピペットで吸い取り、
「さて、この少量の血液を一リットルの水に加えます。
出来上がった混合物が見た目、真水と変わりないことはおわかりですね。
血液の割合は百万分の一以下。
しかし間違いなく目に見えた反応を得られると。」
言うに同じくして、男は白い結晶を少々容器のなかに落とし、ついで透明の液体を数滴加えた。
みるみるうちに中身はくすんだマホガニー色を呈し、ガラス容器の底に褐色粒子の沈殿が現れた。
「はっはっ!」と男は声を張り上げ手を叩き、新品の玩具を与えられた子のように嬉々として見つめていた。
「これをどうお思いで?」
「ずいぶん精密な検出法だと。」
「素晴らしい! 素晴らしい! 旧式のグアヤック法は非常に煩わしく、不鮮明なものだった。
血球の顕微鏡検査とて同じ事。
後者などシミが数時間経過すれば役立たず。
だがこれならば、血液が古くても新しくてもうまく反応してみせる。
この方法が以前に発案されていたなら、今ちまたをのうのうと歩く何百もの人間も、とうに自らの犯罪の報いを受けていただろうに。」
「そうですな。」と私は小声で返す。
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo
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