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Sherlock Holmes Collection シャーロック・ホームズ コレクション
A Study In Scarlet 緋色の研究 第二部 第六章 4
Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
やつは怖じ気づいてひたすらに泣き叫び許しを請いましたが、私はナイフを抜き、やつの喉元に突きつけてとうとう言うとおりにさせました。
そのあと私ももう片方を飲み込み、向かい合ったふたりはじっと突っ立ったまま数分、どちらが生きどちらが死ぬのか見極めようとしました。
忘れもしない、やつの顔に現れた形相、発作の始まったことで全身に毒が回ったと気づいたときのやつといったら!
大笑いしながら眺めつつ、やつの目の前にルーシィの結婚指輪を突きつけました。
ただしそれもつかの間のこと。アルカロイドには即効性がありますから。
痛みとひきつけのために表情がゆがみ、やつは手を前へ突きだしながらよろよろ、そのまま悲鳴をかすらせながら、どすんと床に倒れました。
血が鼻からこぼれ落ちていたことに、私はそのとき初めて気づきました。
どうして思い浮かんだのか、そいつで壁に字を書いてやろうと。
ひょっとすると茶目っ気で捜査攪乱しようとしたのかも。私の心はうきうきと愉快でしたから。
そういえば、ニューヨークで見つかったドイツ人の上にはRACHEと書き付けてあって、当時新聞各紙でも秘密結社の犯行かと取り沙汰されたなと。
ニューヨークっ子を悩ませたものはロンドンっ子も悩ませるだろうということで、私は指を自分の血に浸し、壁のよさそうな所にそれを記しました。
それから自分の馬車まで歩いていき、見るとあたりには誰もおらず、夜はいまだ荒れ模様。
少し先へ転がしたところで、いつもルーシィの指輪を入れていた懐に手を突っ込むと、なんとそこにありません。
これが私には衝撃で、持っていたただひとつのあの子の形見でしたから。
たぶんドレッバーの死体へ屈んだとき落としたのだと。引き返し、脇道に馬車を置いて、思い切って現場へ――指輪をなくすくらいなら、何でもする覚悟でした。
しかし着いてみるとそこは、来合わせたお巡りたちが抑えていたので、知らず突っ込んだ私は、手の負えない酔っぱらいのふりをして疑われないようにするので精一杯でした。
ここまでが、イーノック・ドレッバーの死の顛末です。
あとはスタンガスンに同じことをするだけで、ジョン・フェリアへの借りはすべて返せるのです。
やつの宿泊先がハリデイ・プライヴェート・ホテルなのはわかってましたから、一日じゅう待ち伏せしたのですが、やつは一向出てきません。
おそらくドレッバーが姿を現さなかったので何かあったと勘ぐったのでしょう。
やつは切れ者、それがスタンガスン、いつも用心深い男でした。
引きこもって私を寄せ付けないつもりなら大間違いですよ。
すぐに部屋の窓の位置を確認して、翌朝早く、ホテルの裏通りに立てかけてあった梯子を使って薄明かりのなか、やつの部屋に乗り込みました。
やつを起こし、大昔に奪った命の報いを受ける時が来たのだと教えてやります。
ドレッバーの最期を語り聞かせ、同じように毒の錠剤を選べと迫りました。
差し伸べられた救いの機会をつかむ代わりに、やつは寝台から立ち上がり私の喉笛に飛びかかりました。
どのみち同じことじゃないですか。主の御心はやつの汚れた手に毒の方しか取らせなかったはずですから。
あとはもう言うほどのことでもありません。やることはやりました、
そのまま馬車を数日転がして、アメリカへ帰るだけの金が貯まるまでこつこつ続けるつもりでした。
車置き場でぼーっとしていると、ぼろを着た少年がジェファースン・ホープという運ちゃんはいるかと訪ねてきて、ベイカー街二二一Bの紳士が馬車をご指名だと言うのです。
罠と怪しむこともなく伺うと、気づいたときにはここの若者が私の手首に輪っぱをかけ、見たこともない早業でつかまったわけです。
人殺しと思われるかもしれませんが、私はあなた方と同じく正義のしもべだと信じております。」
この男の物語は痛切で、語り口も胸迫るものであったため、我々は物も言わずじっと聞き入っていた。
犯罪の子細などには慣れっこであるはずの刑事探偵ですら、この男の話には深く感じ入るものがあったらしい。
語りが終わると、我々はしばらく黙って動かずにいたが、ふいにレストレードが鉛筆をかりかりと走らせ、その速記録に仕上げの一筆を施す。
「ただ一点、些細なことのご教示を。」とついにシャーロック・ホームズが口を開く。
「何者ですか、広告を受けて指輪を取りに来たあの共犯者は。」
捕まった男は、わが友人へ茶目っ気たっぷりに目配せをし、
「自分の秘密なら話せますが。」と言うのだ。「他人は巻き込めません。
あの広告を見て、これは罠か、それとも本物かと私は悩みました。
たぶん抜け目なくやってくれたものと、そうでしょう?」
「さてみなさん。」と主任の厳粛な言葉。「法手続きのまとめに入ります。
木曜、この者は下級判事の前へ連れて行かれますが、あなたがたもご出廷求められるでしょう。
そのときまでわたくしが彼を責任もって預かります。」
その発言とともに呼び鈴が鳴らされ、ジェファースン・ホープは二名の刑務官によって連れ出された。かたや同居人と私は署を辞し、辻馬車を拾ってベイカー街へと戻ったのであった。
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo