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Sherlock Holmes Collection シャーロック・ホームズ コレクション

A Study In Scarlet 緋色の研究 第二部 第七章 1

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
僕は初めから後者ではなかろうかという気がしていた。
政治的な暗殺にしては仕事のやり口も逃げ方も生ぬるすぎる。
それどころかこの殺人は作為が様々見られ、部屋中に痕跡が残してあるため、そのあいだずっと加害者がいたことが丸わかりだ。
これは私怨によるものに相違なく、政治的なものでない。手の込んだ復讐と言うべきものだ。
壁文字が発見されるに至り、さらに思いは強まった。
これではあまりにも向こう見ずだが、
指輪が見つかったときその疑問も収まる。
殺害犯はそれをもって被害者に、死んだかその場にいないかした女を思い出させようとしたのは明らか。
まさにこの点をグレグソンに尋ねたのだ。クリーヴランドへの電報で、ドレッバー氏の過去の経歴のある点について問い合わせたか、と。
ほら、彼は否との答えだった。
 そのあと始めたのは室内の入念な調査、そこで人殺しの背丈もいよいよ確か、トリチノポリ葉巻と爪の長さについてさらなる詳細が得られた。
この時点でもう僕にはわかっていた、争った形跡はないから、床を覆う血の出所は興奮した犯人の鼻だと。
血痕は足跡とも一致することが読み取れた。
血の気の多い男でない限り、感情だけでこれほど吹き出す男はそうはいまい。よって僕はあえて決めつけた、犯人はおそらく血色よい顔した逞しい男であると。
見立ての正しさは結果の通り。
 現場を後にして、僕はグレグソンの見落としに手を着けた。
クリーヴランドの警察署長へ電報を打ち、イーノック・ドレッバーの結婚関連事項に絞って問い合わせだ。
その返事が決め手だった。
内容は、ドレッバーがジェファースン・ホープなる古い恋敵からの法の保護を求めていたというもので、そのホープとやらが目下欧州にいるとしていた。
ここで謎の糸口をこの手につかんでいると確信し、残るは殺害犯の確保だけとなった。
 頭のなかではもう特定済で、ドレッバーと一緒に現場家屋へ立ち入った男は、馬車を転がしてきた男に他ならないと。
道についた跡から馬があちこち動いていることがわかる、これでは誰かがそばにいて見張っていたとは思えない。
その上、正気の男がいわゆる第三者の目の前でわざわざ罪を犯すなど、そんな仮定は筋が通らない。告げ口されるが落ちだ。
最後に、ある男が誰かをロンドンじゅう追い回したいとして、御者に転じることほどいい手があるだろうか。
考えに考えた末、文句なしの結論に行き着く。ジェファースン・ホープは、この大都会のなか、辻馬車の御者として見つかるはずだと。
 それまで続けていたのなら、もうやめたと考えるに足る理由はない。
それどころか当人からしてみれば、いきなりの変化は自分を目立たせる恐れがある。
おそらく当分のあいだそのまま勤めを果たすだろう。変名を用いて生活しているとする訳もない。
なぜ誰もおのれの素性を知らぬ国で自分の名を変えねばならぬ。
ゆえに少年探偵団を取りまとめ、ロンドンの全馬車所有者の元へ組織的に送り込み、とうとうお目当ての男を狩り出した次第。
探偵団のめざましい成功ぶりと、その機会を逃さなかった僕の手際は、まだ君の記憶に新しいところだ。
スタンガスンの殺害はまったく想定外のことだったが、どのみち食い止めようがない。
おかげで知っての通り、僕は錠剤を手に入れた。あるとすでに踏んでいたものだ。
ほら、全体が欠けも割れもない前後筋の通った鎖となる。」
「素晴らしい!」と私は叫ぶ。
「君の手柄は皆に知らしめるべきだ。
事の次第を公表すべきだ。
君がしないなら、私が君の代わりに。」
「好きにしたまえ、博士ドクター。」これが返事だった。
「ほらこれだ!」と言葉を継いで、新聞を私に手渡す。「ここを見たまえ!」
 それはその日のエコー紙で、指差された紙面はくだんの事件に割かれていた。記事はこうだ。
大衆は、世間を賑やかしたご馳走を、ホープなる男の急死により失った。この者はイーノック・ドレッバー氏とジョーゼフ・スタンガスン氏殺害の容疑者であった。
事件の詳細はおそらくもう闇のなかだ。ただ確かな筋の情報では、この犯罪は積年の痴情のもつれの結果であり、そこに恋愛とモルモン教が関わっているとか。
被害者は両名とも若年の頃末日教徒の一員であり、このたび死んだ被疑者ホープはソルト・レイク・シティ出身であるそうだ。
この事件がこれ以上の解決を見せなくとも、少なくとも人目を惹く形で我らが刑事捜査局の辣腕を見せつけることになった上、全外国人に教訓として、恨み辛みは本国にとどめ英国の地に持ち込まぬが賢明だということを知らしめることになるだろう。
公然の秘密ではあるが、迅速な確保の栄誉についてはその全くが、著名なるスコットランド・ヤードの警官レストレードおよびグレグソン両氏の担うものである。
この男が逮捕された部屋は、どうやらシャーロック・ホームズ氏なる人物の居宅で、氏も素人並みに捜査方面で才の片鱗を見せたらしく、ゆくゆくは両氏の指導の賜物として程々の技能は身につけられることを期待したい。
何らかの表彰状がその尽力に見合った評価として両警官へ与えられると思われる。
「出かける際に言わなかったか?」とシャーロック・ホームズが声を上げて笑う。
「これが僕らの緋のエチュードの結果だ。両氏に表彰状をやると!」
「心配ない。」と私は答える。「私は日記に一部始終を付けたから、そいつを絶対に世間へ知らしめてやる。
そのときまでは、君も甘んじてひとり悦に入るしかないがね、ローマの欲張りのように――
人は我を嘲るも、我ひとりわが家で
  悦に入り、倉の金をまんじりと見ゆ
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo
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