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The Adventures of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの冒険

The Adventure Of The Blue Carbuncle 青い紅玉 2

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
 ホームズは帽子を取り上げて、にらみつけた。いつも通り彼独特のうちに沈んだやり方だ。
「それほど多くのことがわかるわけでもないが、」と前置きして、「はっきりと断定できることがいくつか、そして少なくとも可能性が極めて高いものもいくつかある。
この男が高い知性を持っていることが、もちろん見ただけで明らかであるし、そのうえ男がこの三年間はかなり豊かであったが、今は財産も目減りしているということもわかる。
以前はたしなみもあったが今はそれほどでもなく、品行も悪くなっている。酒など、仕事に若干の差し障りのあることをやっているかもしれぬというわけだ。
とすればこれも、妻に愛想をつかされたという明白な事実の説明にはなろう。」
「おいおいホームズ!」
「だが自尊心はまだ少し残っている。」ホームズは私の抗議を無視して続ける。
「普段は座ってばかりでほとんど外に出ない、運動はまったくしない、中年、灰色の髪、ここ数日のあいだに散髪、ライムの整髪剤を塗った。
以上が、帽子から演繹可能な明瞭なる事実だ。
なお余談だが、彼の自宅にガスが引かれている可能性はきわめて低いといえる。」
「からかっとるな、ホームズ。」
「いたって真面目だ。
これだけ答えを言ったにもかかわらず、筋道が見えないとでも言うのかね。」
「自分の鈍さには自覚があるのだが、正直、今のにはついていくこともできん。
たとえば、どう推理すれば、男に知性があるなどとわかるのかね?」
 返事の代わりに、ホームズは帽子を頭にかぶる。
額がすっかり隠れ、鼻柱のところで止まった。
「容量の問題だ。」とホームズ。「脳の大きな人間なら、そこでそれなりのことができるに違いない。」
「落ちぶれているというのは?」
「この帽子は使い始めて三年。
つばが平らにのびて、端で反っている。
当時の流行だ。しかも最上級品の帽子だ。
見たまえ、帯は綾絹で、裏地も見事だ。
この男、三年前はかくも高価な帽子をあがなう余裕もあったが、それ以来ひとつも買っていないとすれば、落ちぶれているに違いない。」
「なるほど、それもそうだな。
だが、たしなみと品行というのは?」
 シャーロック・ホームズは笑った。
「たしなみはここ。」と言って、帽子を固定するための小さな通し輪に指を当てる。
「頼まないとこいつはついてこない。
この男がそう注文したのなら、身だしなみに気を遣っていたことが見て取れる。あえて風の用心をしたのだから。
ゴムがはずれても替える気も起きないとすれば、どう見ても、以前より気を遣わなくなったということであり、何よりも意志が弱くなっているという証拠でもある。
他方、フェルト地についたいくつかの汚れを隠そうとしてインクを塗りつけている。自尊心をまったく失ったわけではないということが見て取れる。」
「確かにその推理なら納得できる。」
「次は、彼が中年で、髪は灰色、最近散髪してライムの整髪剤をつけた点だ。みな裏地の下部をつぶさに見ればわかる。
拡大鏡を通すと、多数の髪の切れ端が見える。きれいな切り口だから、理容師のはさみによるものだ。
いずれも粘着性があるようで、整髪剤からライムのすぅっとした匂いがする。
またくっついているのも、街の黒ずんだ塵というよりは、屋内の茶色い埃。ほとんど一日中、室内にかけてあったということだ。一方で内側のしめったようなあとがあるから、着用者は相当の汗かきであり、滅多に運動しないと考えても問題なかろう。」
「しかし、奥さんが――奥さんに愛想をつかされたというのは?」
「この帽子は、もう何週間もブラシがかかっていない。
たとえばね、ワトソンくん。僕が君の帽子を見て一週間分の埃がたまっていたとする。すると、君の御前さまは、君をそんななりで外に出しても気にならないということだから、僕は君が不憫にも御前さまに愛想をつかされたと考えざるをえない。」
「独身かもしれんではないか。」
「いいや、ご機嫌取りのつもりで鵞鳥を買って帰った。
ほら、脚に厚紙があったと言ったろう?」
「何もかもお見通しだな。
だが最後の、自宅にガスを引いていないとはどういうことだね?」
「獣脂の染みが、ひとつ、いやふたつでも、たまたまということがあろう。しかしいつつもあればだ、ほぼ疑いなく、その人物は火のついた獣脂を始終取り扱っている――夜中、上の階へあがるとき、片手に帽子、もう一方の手に揺らめく蝋燭。
かどうかはわからぬが、ガス灯ではロウはつかんよ。満足したか?」
「ああ、うまいものだ。」と言って、私は笑う。「だがさっきも言ったように、犯罪もなく、まあ害と言えば鵞鳥を損したことくらいなら、こんなことをしても、どっちかというとやるだけ無駄のように思えるのだがね。」
 シャーロック・ホームズが返事をしようと口を開いたそのとき、扉がさっと開き、便利屋のピータソンが部屋の中へ駆け込んできた。頬は真っ赤で、茫然自失の体だ。
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo
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