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The Adventures of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの冒険

The Adventure Of The Speckled Band まだらのひも 3

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
『ねえ、ヘレン。あなた真夜中に、誰かが口笛を吹いているのを聞かない?』
『いいえ、何も。』
『まさか、あなたが眠りながら口笛を吹くわけでもないでしょうし。』
『当たり前じゃないの。どうして?』
『だってこの頃、毎晩のように、真夜中の三時頃かしら、低い口笛が聞こえてね。
いつも眠りが浅いから、音が聞こえると目が覚めちゃって。
どこで吹いてるのか分からないんだけど……隣の部屋か、ひょっとすると芝地の方か、
一度あなたに聞かなくちゃと思ってたの。』
『聞かないけど、あたりにいるロマの仕業じゃない?』
『そうかもしれない。でも、芝地で吹くんだとすると、あなたの耳にも聞こえそうなものね。』
『でも、あたし、姉さんと違って、安眠しちゃうから。』
『まあ、何にせよくだらないことね。』
と、姉は笑って、わたくしの部屋の戸を閉めました。そしてそれにつづいて姉が自室の鍵をかける音が聞こえました。」
「なるほど。」とホームズが答える。
「毎晩、部屋に鍵をかけるのですか?」
「はい、いつも。」
「どうして?」
「父が豹とヒヒを飼っていることは申しましたね、
鍵をかけないことには、安心して眠れないので。」
「無論です。どうぞ先をお話ください。」
「その夜は眠れませんでした。
前にも申しましたが、姉とわたくしとは双子でございました。ご存じかと思いますが、強い縁で結ばれたふたつの魂というのは、お互いのことをものすごく敏感に感じるのです。
それにその晩は嵐で、外には風のうなりがひゅうひゅうと聞こえ、窓は雨に叩かれて鳴っていました。
その時です、激しい嵐の音の中に、突然、絹を裂くような女の声が聞こえました。
間違いなく、姉の声です。
わたくしは起き抜けに肩掛けを巻き付け、廊下へ飛び出しました。
わたくしが扉を開けたとき、姉の言ったとおりの低い口笛が一声、聞こえたような気がしました。それに続いて、がちゃんと何か重い金物でも堕ちたような音がしました。
廊下を駆け出していきますと、姉の部屋で、扉の鍵を外す音がいたしまして、扉がすぅっと開きました。
何が出てくるのかと、わたくしは怖くなって息を呑みました。
廊下のランプの光を浴びて、姉が戸口に現れたのですが、恐怖で真っ青になった顔、すがるような手つき、千鳥足でふらふらと進み出てくるのです。
わたくしはすぐに駆け寄って、姉の身体を両腕で抱きとめました。すると姉の足の力が抜けて、その場に倒れてしまったのでございます。
そして、どこかがひどく痛むらしく、激しく身もだえをして、手足をぶるぶると震わせているのです。
はじめ、姉はわたくしが分からないのかと思っていましたが、わたくしが中腰になると、突然恐ろしい声を絞り出して。忘れません、『お願い、助けて! ヘレン、ひもが、まだらのひもが!』と。
それから姉は、もっと何か言いたそうにして、指を高く上げて父の部屋の方を突き刺すように指しましたが、またもや全身にひきつけが起こって、物が言えませんでした。
わたくしが父の名を呼びながら廊下を駆け出したところ、化粧着を引っかけて廊下へ出てきた父とばったり出会いました。
そこで一緒になって再び姉のところへ戻ってみますと、姉は気を失っておりました。父は姉の口にブランデイをつぎ込むやら、村の医師を迎えるやら致しましたが、手の施しようもなく、ついに姉は意識の戻らぬままゆっくり息を引き取ってしまいました。
これが愛する姉の恐ろしい最期でございました。」
「では、ひとつ。」とホームズが口を挟む。「口笛と金属音というのは確かですか? 聞き間違いでもない?」
「そのことは検視のとき係官からもお訊ねがありましたが、
わたくしは確かに聞いたと、そう思うのです。もっとも、激しい嵐で古い家が絶えず軋んでおりましたから、ひょっとすると、聞き違えたのかもしれません。」
「お姉さまの服は?」
「寝間着のままでございました。
右手にはマッチの燃えさしを一本、左手にはマッチの箱を。」
「するとお姉さまは、何かを察知して、マッチを擦って辺りをご覧になった。
なるほど。
それで検視官は、どのようなご結論を?」
「ずいぶん詳しい取り調べをなさいました。父の日頃の行いがあまりにも悪かったものですから。けれど、姉の死因について、はっきりとしたことは分からずじまいでした。
内側から鍵がかかっていたことは、わたくしが証言致しましたし、窓には旧式の鎧戸がついていて、夜にはいつも太い鉄の棒をはめて閉ざしております。
四方の壁も全部叩いてみましたが、どこもしっかり堅いとしか分かりませんでした。床もつぶさに調べましたが、同じことでした。
煙突は太いのですが、内部に釘が四本も横に通してあります。
ですから、亡くなったとき姉ひとりだったことには間違いございません。
それに姉の身体には傷痕ひとつ見つからないのです。」
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo
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