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The Adventures of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの冒険

The Man With The Twisted Lip 唇のねじれた男 8

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
パイプは依然として口にくわえられたままで、いまだもくもくと立ち続け、部屋には濃い煙草の煙が充満していたが、昨晩あれだけあった刻み煙草の山は何もなくなっていた。
「起きたか、ワトソン。」とホームズが訊いてくる。
「ああ。」
「朝の馬車に乗る元気は?」
「よしきた。」
「ならば服を。誰もまだ起きていないが、馬番の少年の寝床はわかっている。すぐに軽馬車で出られよう。」
と言いながらほくそ笑み、目は輝き、昨晩考えに沈んでいた人物とは別人のようだった。
 着替えながら自分の時計に目をやった。
誰も起きていないのも無理はない。
着替えが済むやホームズが戻ってきて、少年が馬の準備をしてくれていると告げた。
「ちょっとした仮説を検証したい。」と言いつつ、ホームズは深靴を履く。
「いやはや、ワトソン、君は今、ヨーロッパ一の大馬鹿者を目の前にしているらしい。
ここからチャリング・クロスまで蹴飛ばされても相応の報いだよ。
だがもはや、事件の鍵はつかんだと言えよう。」
「して、どこにある?」と私がほほえむと、
「浴室。」と返ってくる。
「ああ、うむ、冗談ではない。」と続け、信じられないという私の顔を見る。
「さきほどまでそこにいた。そしてこいつを取ってきた。そこでこいつをこのグラッドストン製の鞄に入れよう。
さあ、我が友よ、こいつが鍵穴に合うかどうか確かめに行こう。」
 我々はできるだけ早く階下に降りて、外の明るい朝の日差しを浴びた。
道の真ん中に馬車が止まっていて、身支度もそこそこの馬番の少年が、その前で待っていた。
我々はともに乗り込み、ロンドンへの街道を飛ばした。
田舎の荷馬車がちらほらと動いてはいて、野菜を首都へ運んでいたが、両側の邸宅の並びは静かで人気もなく、夢のなかの街を思わせる。
「いくつかの点で、奇妙な事件だった。」とホームズは鞭を打って、馬の速度を最大にする。
「正直、土竜と同じくらい何も見えていなかったが、遅れて知恵を学ぶのは、まったく学ばないよりはましというわけだ。」
 街では早起きの連中がちょうど窓から顔を出し始める頃で、我々の馬車はサリィ州の町並みを抜けていった。
ウォータルー橋通りを突っ切って、川を渡り、ウェリントン街を走り、そこで右折、そして気がついたらボウ街にいた。
シャーロック・ホームズは警察にも顔が利いて、入口前で二名の巡査が敬礼をした。
そのうちのひとりが馬の口を取り、もうひとりがなかへと案内してくれた。
「当直は誰だね?」とホームズは訊ねる。
「ブラッドストリート警部です。」
「ああ、ブラッドストリート、調子はいかがかね?」
背が高く図体のでかい警官が、石の敷かれた通路をやってくる。庇のある帽子に、飾りひもの付いた上着を身につけている。
「内密の話がしたいのだが、ブラッドストリート。」
「よろしいですとも、ホームズ先生。部屋へお入りください。」
 そこは小さく役所然とした部屋で、卓上には大きな台帳があり、壁からは電話が突き出ていた。
警部は机の向こうに腰を下ろす。
「わしにできることなら何なりと、ホームズ先生。」
「お願いというのは、あの乞食のことで、ブーン――リーのネヴィル・シンクレア氏失踪への関与を目されている男だ。」
「おお、やつなら出頭させて、取り調べ延長で再勾留されとります。」
「そうらしい。ここにいるのかね?」
「留置場に。」
「おとなしく?」
「まあ、手はかからんです。でも汚くてなあ。」
「汚い?」
「ええ、手しか洗わせてくれんので、顔は職人みたく真っ黒で。
まあ、事件に片が付いたら、刑務所で定期的に風呂に入るんでしょうが。そうだ、一目ご覧になれば、その必要があると、わしと同じ考えになりますよ。」
「それはひどく会いたいものだな。」
「そうなさいますか? お安いご用です。こちらへどうぞ。荷物はそのままで結構ですよ。」
「いや、持っていこうと思う。」
「そうですか。こちらです。どうぞどうぞ。」
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo
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