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LITTLE WOMEN 若草物語 7-2
Chapter Seven Amy's Valley Of Humiliation はずかしめの谷 2
Alcott, Louisa May オルコット ルイーザ・メイ
AOZORA BUNKO 青空文庫
「よろしい、それでは、このきたならしいものを、二つずつもっていって、窓からすててしまいなさい。」
このはずかしめに、顔をあかくして、エミイは六度も窓へ往復しました。ライムがすてられると、窓の下の往来から子供たちのよろこびの声が起りました。
みんなは、その声を聞いて、ライムをおしみ、無情な先生をにくみました。
エミイが、すっかりライムをすててしまうと、えへんと、せきばらいをして、きびしい顔つきでいいました。
「みなさんは、一週間ほど前に、わたしがいい聞かせたことをおぼえているはずです。ところがこうしたことが起って、まことにざんねんです。わたしはじぶんのつくった規則をまもります。さ、マーチ、手を出しなさい。」
エミイは、びっくりして、りょう手をうしろへまわし、かなしそうな、許しを乞うような目をしました。
エミイは、先生のお気にいっていた生徒の一人でしたし、その嘆願の目つきは言葉よりもつよく、先生の心を動かしたようでしたが、だれかが、ちぇっ!と、舌うちする音がしたので、かんしゃくもちの先生は、エミイを許すことなんか、考えようともせず、
舌うちする音がしたので、かんしゃくもちの先生は、エミイを許すことなんか、考えようともせず、
「手を出して、さあ!」と、宣告をしてしまいました。 エミイは、自尊心のつよい子でしたから、泣いたりあやまったりするようなことはなく、頭をもたげひるむことなく、その手がはげしく五六度うたれるままに、まかしていました。
けれど、人からうたれるのは、これがはじめてで、そのはずかしめは、エミイにとっては、先生からなぐりたおされたほどにも感じました。
「休み時間まで教壇の上に立っていなさい。」 デビス先生は、どこまでも、ばつを加えるつもりでした。
これもエミイにとって、たまらないはずかしめでした。けれど、それをやらなければなりません。エミイは、その場にたおれそうになる足をふみしめて、その不名誉の場所に立ち、まっさおな顔をして立ちつづけました。
一時間ほどにも思われる十五分がすぎ、先生が、「休め、もうよろしい、エミイ」と、いったときには、もううたれた手の痛みを忘れ、うれしくてたまりませんでした。
エミイは、だれにも口をきかず、ひかえ室へいき、じぶんのものをひっつかんで二度と来るものかと、怒りの言葉をもらして、立ち去りました。
エミイが、家へ帰ったとき、すっかりしょ気ていました。やがて、ねえさんたちが帰ってきました。ねえさんたちは話を聞いてすっかりふんがいしました。
ただ、おかあさんだけは、あまり口もきかず、心をいためていたようでしたが、エミイをやさしくなぐさめました。
メグは、エミイのはずかしめられた手を、リスリンと涙で洗ってやり、ジョウは、すぐにデビス先生をしばりあげろといいました。ベスは、じぶんのかわいいねこも、こんなときのエミイにはなぐさめにならないと、思いました。ハンナは、わる者めと、いって、げんこをふりあげ、夜の食事のじゃがいもが、わる者ででもあるように、すりこ木でつぶしました。
エミイが逃げて帰ったことは、親しい友だちのほか、だれも気がつきませんでした。けれど、よく気のつく生徒たちは、デビス先生が、その日の午後からたいへんやさしくなり、それでいていつになくびくびくしているのに気がつきました。
ちょうど授業のおわるころ、こわい顔をしたジョウが来て先生に母の手紙をわたしました。それから、のこっていたエミイのもちものを一まとめにまとめると、それをもって帰っていきました。
その晩、おかあさんがいいました。「エミイ、退学させました。だから、まい日、これからベスといっしょに勉強するんです。
むちでぶつことには賛成できません。デビス先生の教育方針にも感心できないし、友だちもためにならないようです。けれど、ほかの学校へかわることは、おとうさんにうかがってからでないとできません。
ただ、あなたがライムを机のなかにいれていたことは、同情できません。規則をやぶったのですから。」
「ね、おかあさんは、あたしがあんなふうに、人の前ではじをかかされたのを、あたり前と思っていらっしゃるんですか?」
「あやまちを改めさせるのに、おかあさんならば、あんなやり方をしません。ただ、あなたは、このごろ、すこしうぬぼれが強くなっていくようです。なおさなくてはいけません。
あなたは、才能もありいい性質ももっているけど、それを見せびらかしてはだいなしです。
へりくだるという気持、それがあなたをぐっと美しくするでしょう。」
そのとき、むこうで、ジョウと将棋をさしていたローリイが大声でいいました。
「そのとおり! 音楽のすばらしい才能をもっていながら、じぶんでは気づかずにいる、あるおじょうさんを、ぼくは知っていますが、その人は、ひとりでいるとき、どんなりっぱな音楽を作曲しているのか知らずにいるし、そのことを人からいわれても本気にしません。」
ローリイのそばに立っていたベスが、それを聞いていいました。「そんなすてきな方とお友だちになりたいわ。きっと、あたしのためになる方よ、あたしなんて、とてもだめ。」
ローリイは、いたずらっ子らしく、「あなたは知っていますよ。その人は、ほかのだれよりも、あなたのためになっていますよ。」と、いったので、ベスは顔をあからめ、はずかしがってクッションに顔をうめました。
ジョウは、ベスをほめてもらったお返しに、ローリイに勝をゆずりました。ベスはほめられてからは、いくらすすめられても、ピアノをひこうとしませんでした。
ローリイは、いいきげんで、たのしそうにうたいました。
ローリイが帰っていってから、エミイは、「ローリイは、なんでもできる方なの?」と、いうと、
おかあさんが、「教育もあり、天分もあるから、かわいがられて、増長しなければ、りっぱな方におなりでしょう。」と、答えました。
「うぬぼれたりなさらないでしょう?」と、エミイが尋ねました。
「たしかに、気どらないのは、りっぱなことだわ。」と、エミイはしみじみいいました。
「教養とか才能は、へりくだっていても、あらわれて来ます。見せびらかさなくてもいいわけです。」
ジョウが、そのとき、「あなたの帽子や服やリボンを、みんな一度に身につけて、人に見せびらかさなくてもいいわけね。」と、いったので、おかあさんのお説教は、にぎやかな笑い声のなかにおしまいとなりました。
Copyright (C) Louisa May Alcott, Masaru Mizutani