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The Adventures of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの冒険

A Case Of Identity 花婿失踪事件 4

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
「きっとその通りでしょう。
ではあなたのご意見では、何か予期せぬ災難にその方が見舞われたと?」
「そうですの。きっとあの方は何か危険を察知していたのですわ。でなければあんなことおっしゃいません。
ですから予期したことが起こったのだと思いますの。」
「ですが、その起こったと思われることについては、心当たりがないと。」
「ございません。」
「もうひとつ、その件をお母上はどうお捉えに?」
「かんかんです。この件については金輪際口にするなと。」
「お父上は? お話しには?」
「もちろん。そしてわたくしと同じく、何かあったと考えたようで、いずれホズマから連絡があると。
あの人が言うように、わたくしを教会の戸口へ連れてって置き去りにしても、誰が何の得をしましょう。
まあ、あの方がわたくしからお金を借りているとか、結婚したらあの方がお金の分け前にあずかれるとかならいざ知らず、ホズマは自分の財産もかなり持っておりますし、わたくしのお金を気にしたことすらないのですから。
それにしても何が起こったのでしょう。
どうして便りひとつも。
ああ、それを考えるだけでわたくし、おかしくなってしまいそうで、夜一睡もできませんの。」
と女はマフのあいだから小さなハンカチを出して、そのなかへぼろぼろと涙をこぼし始めた。
「あなたの事件、ひとつ手がけてみましょう。」とホームズは立ち上がり、「はっきりとした結論をお渡しできると信じています。
さあ事件の重荷はみな僕に預けてしまって、このことで心を悩ませるのはこれ以上やめることです。
何よりもまず、ホズマ・エインジェルの想い出は消してしまうこと、あなたの目の前から彼がそうしたように。」
「では、もう二度とあの方に会えないとお考えに?」
「おそらくは。」
「ではあの方に何が起こったのでしょう?」
「その疑問を僕の手に委ねるのです。
彼の正確な人相書と自筆の手紙などあれば嬉しいのですが、できましたらいただけたら。」
「前の土曜のクロニクルに尋ね人の広告を。
こちらがそのゲラ刷り、そしてこちらが受け取った手紙四通です。」
「どうも。ではあなたのご住所を。」
「キャンバウェル、ライアン町《プレイス》三一番。」
「エインジェルさんの住所はわからない、と。
お父上の仕事場の方は。」
「ウェストハウス&マーバンクの外商ですから、フェンチャーチ街でいちばん大きなクラレット輸入業者になります。」
「どうも。お話たいへんよくわかりました。
書類はこちらへ置いてください。それから僕の助言を忘れないように。
この出来事はみんな謎のままにしておいて、あなたの人生から追い出してしまうことです。」
「お優しいのですね、ホームズ先生。けれどわたくしできませんの。
いつまでもホズマを信じております。
いつ戻ってきてもいいように。」
 ばかげた帽子やのっぺらした顔に似合わず、ある種の気品がこの依頼人の一心に信じる気持にはあり、敬意を感じずにはいられなかった。
女は卓上に手紙をまとめて置いて出て行く。呼ばれたらいつでもまた来ますと約束をして。
 シャーロック・ホームズは数分間何も言わずに座っていた。指先を合わせたまま、両足を前に投げ出し、瞳がまっすぐに天井へ向けられている。
やがて網棚からなじみの脂《やに》付き陶製パイプを取り出し、おのれの相談役代わりとばかりに火を点け、イスにぐっともたれかかって、紫煙を巻き登らせながら、首を反らして物憂げな表情をする。
「実に興味深い研究対象だ、あのおぼこ。」との所見。
「あんなささいな問題よりあの女の方が面白い。まあそれにしてもひどく月並みなものだ。
僕の索引に当たれば、同一の事件が見つかるよ。七七年のアンドーヴァ、それに同種のものが昨年ハーグで。
しかしたとえ古くさくとも、僕にとって新しいことが細かくひとつふたつはあるものなのだが、
しかしあのおぼこ当人からは得るところがある。」
「君はあの女のことを相当読み取れたようだが、私にはさっぱり見えんね。」と私が漏らすと、
「見えないのではなく、見落としているのだ。
目の付けどころがわからない。だからこそ大事な点にことごとく気づいていない。
わからせるのは無理なのだろうが、袖は重要であり、親指の爪は暗に語る。また靴ひもから導かれるのは大問題。
さてあの女の見た目から君はどうまとめる? 説明したまえ。」
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Asatori Kato, Yu Okubo
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