HOMEAOZORA BUNKOSherlock Holmes Collection

ホーム青空文庫シャーロック・ホームズ コレクション

※本文をクリック(タップ)するとその文章の音声を聴くことができます。
  右上スイッチを「連続」にすると、その部分から終わりまで続けて聴くことができます。
で日本語訳を表示します。
※ "PlayBackRate" で再生速度を調節できます。

Sherlock Holmes Collection シャーロック・ホームズ コレクション

A Study In Scarlet 緋色の研究 第一部 第三章 3

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
 レストレード、相変わらず細身でイタチのような男が扉のそばに立っており、同居人と私に挨拶をしてきた。
「この事件、一騒ぎ起こしますよ、先生。あたしもひよっ子じゃありませんが、こんな山は初めてです。」
「手がかりが一つも?」とグレグソンが聞くと、
「何ひとつ。」とレストレードがうなずく。
 シャーロック・ホームズは死体に近寄り、膝をつき、一心に調べ始めた。
「外傷がないのは確かかね?」と辺りに飛び散る多くの血痕を指さす。
「間違いない!」とふたりの刑事は声を張った。
「では、無論この血はもうひとりの人物――おそらく犯人のものだ、殺人が行われたのなら。
三四年のユトレヒト、ヴァン・ヤンセンの死の状況を彷彿とさせる。
心当たりは、グレグソン?」
「いえ。」
「勉強することだ――必ず。日の下に新しきものあらざるなり。何事にも前例がある。」
 と言いつつ、すばしこく指がここ、そこ、いたるところを飛び交い、触れたり、押したり、ボタンを外したりして、調べ続けていた。目は、私が先に書いた表情に同じく、遠くを見つめている風だった。
速やかに調べが進みすぎるため、どこまで綿密にやっているのか、我々にはわからなかった。
最後に死体の口元を嗅ぎ、エナメル革の靴底をちらと見た。
「死体は寸分も動かしてないね?」
「死体安置場に運んで結構。
もう得られることはない。」
 グレグソンはすぐ近くに担架と四人の男を控えさせていたようで、
呼ぶなり部屋に入ってきた。その見知らぬ男は乗せられ、運ばれていった。
その際、ひとつの指輪が落ち、軽く音を立て、床を転がった。
レストレードは拾い上げて、訝しげに目を見開いた。
女物の結婚指輪です。」
 と声を上げながら、手のひらに載せて差し出してみせた。
我々はみな群がり、ながめ回した。
飾りのない金の指輪で、どこぞの花嫁の指にはめられていたことは明らかだった。
「事が錯綜しますな。」とグレグソン。
「やれやれ、ただでさえ複雑であったのに。」
「事が簡単になるとは考えないのだね。」とホームズが述べる。
「ながめたところで何も始まらない。
ポケットからは何が?」
「すべてこちらに。」とグレグソンは雑然と物が置かれた階段の下の方を示す。
「金の懐中時計、ロンドン・バロード・九七一六三番。金のアルバート時計鎖、純金で重い。金の指輪、フリーメイソンの印つき。
金の記章――ブルドックの頭を形どり、瞳はルビィ。ロシア製の革の名刺入れ、クリーヴランド在住イーノック・J・ドレッバーの名刺入り、シャツのE・J・Dと一致。
財布はなく、七ポンド一三シリングもの大金を生で。
ボッカチオの『デカメロン』のポケット版、見返しにジョーゼフ・スタンガスンの名前入り。
二通の手紙――一通はE・J・ドレッバー宛、もう一つはジョーゼフ・スタンガスン宛。」
「住所は?」
「ストランドの米国両替商会――留置。
どちらもガイオン汽船会社から来ていて、リヴァプールから出航する船について書いてあります。
どうも、この不運な男はニュー・ヨークへ戻ろうとしていたようですな。」
「この男、スタンガスンの照会は済んでいるだろうね?」
「いち早く。」とグレグソン。
「新聞全紙に広告を出しまして、部下の一人を米国両替商会にやってありますが、まだ戻っておりません。」
「クリーヴランドへは?」
「今朝電報を。」
「内容を口にしてみたまえ。」
「簡単に事件のあらましを述べてから、何か役立つ情報があるとうれしい、と打ちました。」
「大事と思えることを、逐一聞かなかったのか。」
「スタンガスンのことを聞きましたが。」
「それだけか? 
この事件を左右する点はないと? 
もう一度電報を打つ予定は?」
「言うべきことは言いました。」とグレグソンは気分を害した声で言う。
 シャーロック・ホームズはほくそ笑み、口を開けようとした。だがそのとき、通りに面した部屋にいたレストレードが、我々の会話していた玄関へ、誇らしげに手をもみながら姿を現した。
「グレグソンくん、あたしはたった今、最大の発見をしましたよ。見落とすところでしたよ、あたしが壁に気を付けていたからいいものの。」
 小男は目を輝かし、どうも同僚に先んじたという勝利の喜びを抑えきれずにいるようだった。
「こっちですよ。」と急いで部屋に戻った。身の毛のよだつ死体が運ばれてから、部屋はすっきりしていた。
 小男は靴でマッチを擦り、壁にかざす。
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo
主な掲載作品
QRコード
スマホでも同じレイアウトで読むことができます。
主な掲載作品