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Sherlock Holmes Collection シャーロック・ホームズ コレクション
A Study In Scarlet 緋色の研究 第一部 第四章 2
Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
「エナメル革の靴とつま先の尖った靴の二人組は同じ馬車に乗っていて、仲良く家に続く道を一緒に歩いていったのだ――おそらく腕を組んで。
なかへ入ると室内を歩き回り――いや、エナメル革はその場を動かず、尖った靴だけが歩き回っていた。
ほこりの跡から読み取れる。だから、歩いているうちにだんだん興奮していったこともわかる。
その間ずっと何か話しており、そして怒りを露わにしていったに相違ない。
現時点でわかっていることをすべて君に話した。これ以上はただの揣摩憶測になる。
急ごう。僕は午後、ハレの演奏会へ行って、ノーマン=ネルダーを聴きたいのだ。」
こういった会話の間、馬車はすすけた街並みや暗うつな路地の続くなかを縫うように走っていた。
やがて、これまでとは比べものにならぬほど真っ暗ですすけきったところに入ると、御者はおもむろに馬車をとめる。
「オードリ・コートはこの奥ですぜ。」と御者は薄汚れた煉瓦の並ぶ、狭い路地を指差した。
狭い路地を出ると、敷石で舗装された四角い広場があって、取り囲むようにむさくるしい建物が立っていた。
我々は汚れた身なりの子どもたちをかき分け、紐に引っかけられた洗濯物の数々をくぐり抜け、ようやく四六番までたどり着いた。戸には小さな真鍮の表札があり、ランスという名前が彫られていた。
尋ねてみると、巡査は寝ているらしく、入ったところの小さな客間に通され、待つことになった。
ほどなく現れた巡査は、昼寝を邪魔されて、ややいらだっているように見えた。
ホームズは懐から半ソヴリン取り出し、思わしげに指でころがした。
「君の口から直接あらましを聴ければ、と思ったのだが。」
「よ、喜んで何なりとお話ししますとも。」と巡査は答え、小さな金の円盤に眼を泳がせた。
「では、昨夜の出来事を君なりの言葉で説明してくれたまえ。」
ランスはばす織りのソファに腰を下ろすと、何一つ言い落としはしまいとばかりに眉根を寄せた。
「まずは始まりの始まりで、おれの当番は夜の十時から朝の六時までなんでして。
あの日は十一時んときに白鹿亭で喧嘩があったきり、何という事もなく巡回しておったんで。
雨が降り出したのは一時で、ハリ・マーチャと会って――ああ、ホランド並木道グローヴが持ち場のやつで――で、ヘンリエッタ街の角で立ち話なんてして、
ちょっとして――たぶん二時すぎくらいかな――もう一回りくらいして、ブリクストン通りまで何ともねえか確かめてやろうと思ったんです。
歩いてても誰もいやしない。馬車がひとつふたつわきを通りはしましたがね。
ここだけの話、安いジンのお湯割りをくっとひっかけりゃあどんなにいいだろう、なんて考えながらほっついてたんで。そのとき、不意にちらっと明かりがですね、例の家の窓に見えたんですよ。
でも、そのローリストン・ガーデンズには空き家がふたつあって、何でも大家が下水を修理しなかったもんで、片方に住んでた借り主が腸チフスで死んじまった、っていうんですよ。
だからだ、そんな家に明かりがついてたもんで、もう面くらっちまいましてね、何かおかしいぞって思って、戸口まで行って――」
「立ち止まり、そして門まで引き返した。」と同居人は話に割り込んだ。
ランスは急にびくっとして、シャーロック・ホームズを驚愕の面もちで見つめた。
「あ、ええ、その通りで、旦那。どうやってお知りになったかは知らねぇけど。
つまり、戸口まで来てはみたが、やっぱりしんとして、人けがねえ。まあ誰か連れてきても悪くはねえなと。
まだこの世にいるやつなら、どんと来いなんですが、腸チフスで死んだ男がね、自分を殺した下水を調べにきてんじゃねえか、って思ったんで。
で、気が変わっちゃいましてね、門まで戻って、マーチャの角灯ランタンが見えねえかな、と。でも、マーチャはおろか、誰も見えませんで。」
それから気をしっかり持って、もう一度行って、入口を開けました。
なかはすっかり静まりかえってまして、で、明かりのついている部屋に入りました。
そこでは蝋燭――赤い芯の蝋燭――が炉棚の上でゆらゆらしていて――それに照らされて――」
君は部屋をうろつき、死体のそばでひざまづき、そのあと部屋を横切り、台所の扉を調べ、そして――」
ジョン・ランスは驚きの形相で椅子から立ち上がり、疑いの目を向けてくる。
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo