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Sherlock Holmes Collection シャーロック・ホームズ コレクション
A Study In Scarlet 緋色の研究 第一部 第四章 3
Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
ホームズは一笑し、名刺を机向こうの巡査に投げてよこした。
僕も一匹の猟犬であって、狼ではないのだ。グレグソンくんやレストレードくんが説明してくれるだろう。
ランスは座り直したが、依然、腑に落ちない顔をしていた。
「おれも人生、いろんな酔っぱらいを見てきたけど、あの野郎ほどひどいのは見たことがねえ。
野郎、俺が出てきたとき、門のところにいて、柵にもたれながら、コロンビーナの流行旗、とかそんな感じで腹の底から唄ってやがって、
ジョン・ランスはこの脱線のような質問にいくぶん苛立ったようで、
「顔――身なり――気づいたことは?」とホームズはしびれを切らして割り込む。
「気づくもなにも、おれ――おれとマーチャがふたりでやつを起こさにゃならんかったんだ。
やつは長身だな、赤ら顔で、顔の下半分に布を巻いて――」
「そんなやつの面倒を見る暇なんてありませんよ。」巡査は機嫌を悪くする。
「では半ソヴリンだ。」と同居人は言い、立ち上がると帽子を取った。
そうすれば昨晩のうちに、巡査部長の縞へ増やせたものを。
君が腕に抱えたその男は、この事件の手がかりを握り、かつ我々の捜している男なのだ。
今更言っても仕方ないが、そういうことだ、と告げておこう。行こう、博士。」
相手としては信じがたく、不快感を禁じ得なかったであろうが、我々はそのままふたりして馬車に戻った。
「とんちきだ。」とは、ホームズが下宿への帰りざまに言った辛辣な一言である。
「考えてもみたまえ、あの男は一生に一度かもしれぬ幸運を手にしながら、逃してしまったのだ。」
その男の人相が、君がこの事件に係わるとした人物と符合している、それはわかる。
しかし、どうしてその人物は離れた後、また家に戻ってこなければならなかったんだ?
万策尽きたとしても、この指輪でいつでも罠を仕掛けられる。
やつはいずれ、僕の手に落ちるよ、博士――二対一で賭けてもいい、落ちる。
君なしでは出向かなかった。そして、生涯最高の題材に出会い損なっていただろう――緋のエチュード。ふふ、ちょっとした絵画の名付け方を借りてもいいではないか。
殺人という緋色の糸が、現世という無色の綛糸かせいとに混紡されている。我々の使命は綛糸を解き、緋の糸をより分け、残らず白日の下に晒すことだ。
何だったか、絶妙に演奏するショパンの小品は。トゥラ・ラ・ラ・リラ・リラ・レ。」
馬車にもたれつつ、この素人の猟犬は雲雀ひばりよろしくさえずった。そのかたわら私は、人間の心とはなんと多面的なのだろうと、ひとり静かに思うのであった。
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo